《ゆかりの人物に聞く》私とグラハム氏 教会が継ぐべきこと

  • 2018/8/5
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日本の宣教の流れを変えた

村上宣道

グラハム氏の来日による伝道は、日本のキリスト教界にとって、まるで黒船来航を思わせるほどの衝撃であった。その黒船来航が日本の歴史を全く変えてしまったように、グラハム氏の来日による伝道のスケールと成果は、日本のキリスト教 界の流れを変えたといえる。  最初の来日は1956年、当時最大と言われていた会場の両国日大講堂には入りきれず、外に溢れて会場を取り囲んでいる群衆と共にメッセージを聞いたあのシーンは忘れられない。これは日本の教会にかつてない衝撃となった。

67年に開かれたクルセードの翌年には、日本福音同盟が誕生して福音派の結束をみ、日本伝道会議を開催するまでに至り、また総動員伝道や福音クルセードをはじめ全国的な伝道活動が活発化していった。それはグラハム氏による宣教活動にともなう宣教への意欲と協力の気運の高まりが大きな動因となったことは確かで、その後に続く大会も日本に大きな宣教のうねりを呼び起こした。グラハム氏凱旋の報に接し、グラハム氏が日本に遺してくれた偉業を、単に思い出としてではなく、今に、今後にどう活かしていくべきなのかが問われているように思えてならない。

(太平洋放送協会名誉会長、セレブレーションオブラブwithフランクリン・グラハム大会会長)

一番目も、 二番目も、 三番目も祈り

三ツ橋信昌

ビリー・グラハム先生は本当に謙遜な方でした。国際会議等でグラハム先生の同時通訳を務めましたが、会議の始まる前に先生は必ず通訳者のための集まりを開いてくださり「通訳者がいなければメッセージを伝えることはできない。皆さんの働きをいつも感謝しています」と、言ってくださったものです。1995年、阪神淡路大震災の年にプエルトリコから全世界へ衛星放送されたグローバル・ミッションでも通訳しましたが、このときのメッセージで自殺を考えていた神戸の女子高生が思いとどまったという話を、とても喜んでおられました。  よく「ノースカロライナの田舎から来た何のとりえもない私を、神様が福音宣教のために召してくださった。神様の召しに忠実でありたい」と、話しておられた。そして、一番大事なことは祈り、二番目も祈り、三番目も祈りだ、と。

戦後まもなく開かれた英国の教職セミナーで、講師を務めた故スティーブン・オルフォード先生のホテルを若いグラハム先生が訪ねて「私が聖霊の油注ぎを受けて福音の宣教者となれるよう祈ってください」と、頼まれたというエピソードは貴重です。

(ビリー・グラハム氏の通訳者、バプテスト教会連合・印南バプテスト・キリスト教会牧師)

教会協力の輪広がった

石田敏則

1980年に教会献身をした私は、その年、後楽園球場で開催されたビリー・グラハム国際大会事務所で奉仕させていただき、グラハム先生の働きを知ることとなりました。

以後、94年のミッション94、そして、2015年のセレブレーションオブラブwithフランクリン・グラハムでの奉仕と3回の大会でビリーグラハム伝道協会と関わらせていただきました。グラハム先生がどれほど日本を愛し日本の宣教のために心を注いでくださったかは計り知れません。

私の書斎に1枚の写真があります。それは94年にビリー・グラハム先生が来日の際、一緒に写していただいた写真です。偉ぶることもなく若い牧師に近づいて大きな手で握手をしてくださり、働きに対して感謝を述べてくださいました。

67年のビリーグラハム国際大会を通して、聖書信仰に立つ日本の教会による協力の輪が広がり、日本福音同盟が設立されました。これもグラハム先生が日本のキリスト教界に残してくださった大きな信仰の遺産ということができるでしょう。

(シオン・キリスト教団 蒲田教会牧師、セレブレーションオブラブ実行委員長、日本福音同盟副理事長)

20世紀の世界宣教の大推進者

倉沢正則

「20世紀の世界宣教の大推進者が…」。これがビリー・グラハム氏の逝去の報を受けた時の思いです。20世紀は、ジョン・R・モットー氏の「我らの世代に、福音を全世界へ」に始まり、エキュメニカル運動の進展をみますが、20世紀後半は、グラハム氏がモットー氏のビジョンと働きを継承し、より聖書的な伝道、聖書的な宣教協力へと展開させました。それがローザンヌ運動として世界中で推進されています。

1980年の「ビリー・グラハム国際大会」に当時神学生だった私はカウンセラーとして参加しました。当時の後楽園球場を埋め尽くす人々と、「聖書はこう言っています」、「今がイエス・キリストを信じる決断の時です」と訴えるグラハム氏の姿が、実に印象深く記憶に残っています。

彼ほど、世界中の多くの人々に福音を宣べ伝えた人はいないでしょう。彼ほど世界各国の教会指導者や伝道・宣教諸団体の指導者を互いに「つないだ」人はいないでしょう。彼は世界中を回りつつ福音を伝え、指導者相互をつないで、その後の教会一致・宣教協力への「橋渡し」をした人であったと思います。彼のような人物が今日の日本と日本の教会に起こされることを祈っています。

(東京基督教大学・大学院特任教授、日本ローザンヌ委員会委員長)

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