《ハワイからの手紙》 いつも海を見ていた


いつも海を見ていた

最近、次男の吾郎が得意げに私に海の写真を見せてくれました。

「おおー! これは凄い迫力! まるでプロが撮ったみたいだね」。それは、「GoPro」と呼ぶ小型防水ビデオカメラで撮ったものでした。そのカメラをボディーボードにつけ、ビーチで波乗りを楽しみながら、いわゆる波が作り出す「チューブ」(筒状の空洞)を映像に納めたのです。

「えー! あの吾郎が海と戯れるなんて考えられない…」。実は今年17歳になった双子の寛(ヒロ)と吾郎(ゴロ)は幼い頃から水嫌いで知られていました。母親の私が恥ずかしくなるくらい「ヒロゴロ、プールは怖い!」と叫びながら、ガチガチに緊張して、私の両腕に双子の息子たちはしがみついていました。「海が大好きな両親の子どもなのに、水が怖いのはどうして?」と周囲の方々に不思議に思われていました。そんな子どもたちでしたが、いつしか海に育てられ、海を慕うものになっています。

さて、私と海との出逢いは高校生時代に遡ります。「海の側にいられれば幸せ」と、海に恋い焦がれていました。きっとそれは大きなものに包まれて平安でありたいという心の求めがあったからだと思います。当時、電車や車に乗って湘南の海まで2時間。季節を問わずに通いました。海に逢えた日には、私は手帳に青色鉛筆で印をつけてウキウキ、そのようにしてマリンスポーツの虜となっていきました。

そして、亡き夫との結婚に導いてくれたのも海でした。海が私たちの仲人と言ってもいいでしょう。子どもが与えられてからは、子どもたちの大好きな遊び場はビーチでした。よく浜辺で砂遊びをさせていたのです。職場も子育ての場も海でした。私は愛する夫をガンの病で天国へ送りましたが、その遺骨も遺言でハワイの海に散骨しました。あらためて振り返ってみると私の人生にはいつも海がありました。ある時は父のような、ある時は友のような、またある時は魂の慰め手のような存在でした。

「地の深みは主の御手のうちにあり、山々の頂も主のものである。海は主のもの、主がそれを造られた。陸地も主の御手が造られた。来たれ。私たちは伏し拝み、ひれ伏そう。私たちを造られた方、主の御前に、ひざまずこう。」(詩篇95篇4~6節)

聖書の言葉に触れるなかで、私は海を通して本当は神さまを求めていたのかもしれないと思うようになりました。海の大きさもその美しさも、その力強さも厳しさも、創造主と呼ばれる真の神さまからきているのだと。その気づきが、さらに私の海に親しむ思いを深めています。

ホノルルでの私のお気に入りの場所、それはワイキキ水族館の側にあるカイマナビーチです。早朝ランニングの後、そこで静まる時を持つと日々の悩みや疲れが癒されていきます。目の前に広がる海を眺めながら、それを造られた神さまに祈りをささげる。潮騒がまるで「寛ちゃん、大丈夫だよ~」とささやいてくれている声のように聞こえてくるではありませんか。神さまは真に素敵なお方です。(クリスチャン新聞「福音版」2013年9月号)

 

飯島寛子

いいじま・ひろこ 世界の第一線で活躍したプロ・ウィンドサーファー飯島夏樹さんと結婚。4人の子どもを授かったが、夫は肝臓ガンのため2005年に召天。夏樹さんは病床で3冊の小説を書いて発表し、その生涯は『Life天国で君に逢えたら』(東宝)として映画化され反響を呼んだ。寛子さんも、それからの家族の歩みを『Lifeパパは心の中にいる』(新潮社)に綴っている。本連載を基にした『アロハの贈り物 家族5人ハワイで今日も生かされて』(いのちのことば社)を好評発売中。エッセイスト、ラジオのDJとして活躍し、自身の経験を活かした講演活動を行っている。マキキ聖城キリスト教会会員。

飯島寛子オフィシャルブログ http://ameblo.jp/hirokoiijima/

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