《閉塞感を突き破る神の言葉》人の不信仰を超えて

日本同盟基督教団 杉戸キリスト教会 牧師 野町真理

「ですから、見なさい。これらのことが起こる日までは、あなたは、ものが言えず、話せなくなります。私のことばを信じなかったからです。私のことばは、その時が来れば実現します。」(ルカ1・20)

ルカの福音書1章には、閉塞感に囚われていた祭司ザカリヤと彼の妻エリサベツが登場します。忠実な二人でしたが、祈りが応えられない年月によって年輪を重ねた結果、御使いによって子どもを授かると聞いても信じられませんでした。もう年ですから。

長い間祈りが応えられない中での高齢化は、じわじわと効いて私たちを閉塞感へと誘います。けれども不妊の女だったエリサベツは、全能の神によって身ごもり、高齢出産でも守られ、キリストの道備えをするバプテスマのヨハネの母とされました。

ザカリヤは不信仰であったゆえに、神のことばが出来事になるまで、期間限定でものが言えなくなりました。

けれども神のことばは、人の不信仰を超えて、その時が来れば実現したのです。「私のことばを信じなかったからです。(けれども)私のことばは、その時が来れば実現します」と聖書は語ります。「信じなかったから、あなたはもうおしまい。あなたの信仰のとおりにしかならないから」と切り捨てると、もはやキリスト教ではなくキリステ教になってしまいます。聖書の語る福音は、信じられない者にとっても福音です。

厳密な意味で、私たちが信じたとおりにしかならないのなら、全能の神の素晴らしいご計画は、計画倒れになるでしょう。世界宣教によって宇宙を再創造するという神の壮大なご計画は凍結し、私たちは閉塞感の中で滅んでいくしかありません。

しかし神のことばは、私たちの不信仰を突き破って、時が来れば必ず出来事になります。そのことを聖書は力強く証言しています。閉塞感を突き破る神のことばを体験する。それが世界を覆っている暗雲を跡形もなく吹き飛ばすはじめの一歩です。(月刊「いのちのことば」2017年1月号)

月刊「いのちのことば」

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