《恵み・支えの双方向性》被災者の悲嘆

恵み・支えの双方向性

被災者の悲嘆

淀川キリスト教病院理事長 柏木哲夫

日本は外国に比べて、台風、大雨、大雪、洪水、土砂災害、地震、津波、火山噴火などの自然災害が発生しやすい国土です。その中でも2万人近い人々が死亡した東日本大震災は、これまでの日本の災害の中で特筆すべき大きい影響を国全体に与えました。多くの専門家がその特徴についてそれぞれの立場から分析しています。

震災は被害者に特徴ある苦悩を与えます。東日本大震災の特徴を「方向性」という切り口で考えてみたいと思います。方向性とは下から、横から、上からという三方向性です。

  • 下からの地震〈住居の喪失〉―「信」への打撃―
    石巻の仮設住宅で建築関係の仕事をしていた被災者の男性の話を聞きました。新築の家が全壊したといいます。地震に強い家を建てたいと、特に基礎を強くしたといいます。少々の地震でも大丈夫と信じていましたが、その「信」が下から覆されました。
  • 横からの津波〈家族の喪失〉―「愛」の絆の断裂―
    別の仮設住宅では、津波で娘さんを失った母親に会いました。流されていく娘さんを見ながら何もできなかった悲しさを切々と訴えられました。横から来た津波は「愛」の絆を引き裂きました。
  • 上からの放射能〈ふるさとの喪失〉―「希望」の遮断―
    ある被災者は、放射能汚染のために自宅へ戻れなくなって、近所づきあいやふるさとの風景が懐かしく、早く家に帰りたいと訴えていました。放射能はふるさとへ帰るという希望を奪いました。

被災者の悲嘆の特徴

被災者の悲嘆の特徴は、一言で言えば、「心の準備がない悲嘆」です。多くの人々が経験する悲嘆は、家族の病死のように、心の準備期間があります。家族の死を予期して悲しむことを「予期悲嘆」といいますが、この予期悲嘆の時期に十分悲しんでおけば、死別後の悲嘆が長すぎたり、深すぎたりしないという研究結果があります。事故や災害で家族を失った場合はこの予期悲嘆の時期がないので、死別後の悲嘆が長引いたり、特別の援助が必要になるほど深くなったりします。家族が事故や災害で突然死亡するという悲しみは想像を絶するものです。そのことが自分に起こったとき、どんな気持ちになるかを想像してみても、ご遺族の深い悲しみはなかなか理解できないでしょう。経験したことがない人にはわからない悲しみを引きずっておられる人がまだまだ多く存在します。

もう一つ大きな問題は行方不明者の多さです。3年を経過した段階で2500名以上の行方不明者が存在します。夫が行方不明となっているある中年の女性は、「どうしても葬儀ができないのです。葬儀をすると、あの人を見捨てるような気がするのです。でも、葬儀をしないと、ふんぎりがつかないのです」と訴えました。

いわゆる「曖昧な喪失」は大きな問題です。遺体に対面することはとてもつらい体験です。死という現実に直面するわけですから。動かし難い事実として死が目の前に存在するのですから、それを直視せざるを得ないわけです。それに対して、「曖昧な喪失」の場合は遺体または遺体の一部との遭遇なしに、状況から死がほぼ確実と思われる状況に立たされるわけです。死がほぼ確実ではあるが、それに「ほぼ」という曖昧さが付け加わるわけです。時にはつらい現実よりも「曖昧さ」のほうが耐え難い場合もあります。

死という現実を受け入れる

1985年、日航ジャンボ機が御巣鷹山に激突して500名以上の人が犠牲になりました。遺体の損傷がひどくて、本人確認が困難を極めたなか、歯科医が犠牲者の歯と家族が持参した歯の治療のレントゲンを照合して同定したのは有名な話です。照合の結果、肉親だとわかった家族は、異口同音に「これで家に帰れます」と言ったそうです。つらく悲しいことですが、遺体を引き取り、葬儀を営み、死という現実を受け入れることができるのです。
それに対して遺体が見つからない家族は「曖昧な」、いわば「宙ぶらりんな」状況に置かれるわけです。

がんの告知がまだ一般的でなかった時代、1人のがん末期の患者さんに「これまで何が1番つらかったでしょうか」と尋ねたことがありました。彼の答えはやや意外なものでした。「検査の結果が出るのに、かなり日にちがかかりました。その間、がんではなかろうかと疑心暗鬼の状態でした。結果は悪性と出ました。その時、もちろんショックでしたが、ではなかろうかと曖昧な状態が続くよりは、すっきりしました」と言ったのです。「曖昧さ」を持ち続けることの大変さを示す例だと思います。(月刊「いのちのことば」2015年11月号掲載)

月刊「いのちのことば」

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