《新約聖書よもやま裏話》古代の家族制度と宗教

東京基督教大学教授 伊藤明生

現在の家族

 みなさんは家族の団らん、と聞いてどういう情景を思い描くだろうか。居間の中央にちゃぶ台があって、テレビがあって、和気あいあいと夕飯でも食べている光景を思い浮かべるのは私だけであろうか。「サザエさん」か「ちびまる子ちゃん」の世界。「ALWAYS 三丁目の夕日」に親しみを持つ人もいるかもしれない。こういう家族団らんのイメージは、私自身が幼少期を過ごした昭和30年代に由来するのだろうか。

 「核家族」という言葉が流行りだしたころの記憶は、おぼろげながら残っている。日本の高度成長期である昭和30年代は、父親は残業で家族の団らんには不在となり、茶の間の主役はテレビに取って代わられた。

 「核家族」という言葉はすでに死語だろう、と思いこんでいたが娘に聞いたところ、なんと知っていた! 今は中学の「公民」で「核家族」について学ぶらしい。 学校でわざわざ学ばないと知らない語ということは、やはり死語だ、と勝手に納得した。

 複数世帯がともに住む「大家族」が一般的と思われていた当時、父母と子だけの一世帯で暮らす「核家族」が新たに出現してきた。ところが、今は、家族のあり方がさらに進んで、「子どもは作らない」夫婦だけの家庭も少なくない。2世帯住宅などと称するものもあるが、「核家族」2世帯がひとつ屋根の下に同居するために、台所を2つ、風呂を2つと新たに住居形態が考案されるまで核家族が普遍的になった。

 古代の家族制度は、大家族、大世帯であった。もちろん家計状態などにもよるが、祖父母、親の兄弟、兄弟、従兄弟、召使いなど使用人、さらに奴隷が、あたりまえに一家族に含まれていた。

看守の救い

 パウロとシラスとがマケドニヤのピリピで伝道したときのことである。占いの霊につかれた女奴隷が、「いと高き神のしもべだ」と騒ぎなら、二人の後について回った(使徒16・16、17)。伝道の邪魔になりかねないので、困り果てたパウロが霊を追い出した。女奴隷はもはや占いができなくなり、主人たちは金もうけの手段がなくなったと、パウロとシラスを捕らえて投獄した。

 夜中に二人は牢屋で主に祈り、賛美をささげていた。すると突然、地震が起こり、牢の錠が解かれてしまった。牢の扉がいっせいに開き、囚人たちはどこかに消えてしまった、さあ~、たいへん。目を覚ました牢屋の看守は、びっくり仰天! 当時の法では、看守が囚人を逃すと、その囚人の刑が看守に課されることになっていた。つまり、死刑囚を逃がすと、看守が死刑に処せられたのである。

 看守は牢の扉が開け放たれているのを見ると、迷わず、自刃しようとした。どうせ死刑ならば、さっさと自ら……、ということか。牢屋の錠が壊れ、扉が開け放たれたとなれば、囚人は逃げると相場は決まっている。しかし逃げずにそこにいたパウロはそれを目にし、自刃してはならない! と大声を出した。看守の驚きも相当であった。

 「ご主人さま、私が救われるためには、何をしたらいいでしょうか」。看守自身は必ずしもキリスト教でいうところの魂の救いを意図してはいなかっただろう。

 ところが、パウロの答えは「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます」だった。ギリシヤ語の原文から直訳すると「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも救われる。そしてあなたの家族も」となる。家族の救いそのものよりも、主イエスを信じることにこそ救いがあると強調されている。

家長の宗教

 当時の家族制度からいうと、家長(もうひとつの死語!)つまり世帯主の宗教が家族の宗教であった。

 大世帯であった当時の家族は、家長を頂点としたピラミッド形態になっており、家長の宗教ですべての冠婚葬祭が執り行われた。つまり、看守がキリストを信じてキリスト者となると、家族の宗教がキリスト教となる。その家族の冠婚葬祭はすべてキリスト教で執り行われることになる。

 古代の家族制度では、家長が回心するということは、家族全体が回心することを意味していたと言っても過言ではない。

 家長がキリスト教に回心すれば、家族構成員にキリスト教を教える、実質的には伝道することが必要となった。家庭から異教を排除することも容易ではなかったが、家長の責務だったのである。

 逆に、家長が異教徒であれば、家族の冠婚葬祭は異教の習慣にのっとって行われた。異教の家族の中でキリスト者は、心でキリストに従うにしても、家長が異教徒であれば、当然のように冠婚葬祭は異教の様式で行われた。もちろん信仰上の葛藤は小さくなかったと思われるが、時代が時代、家長の大きな権威の下、表沙汰にはならなかったようである。(月刊「いのちのことば」2007年2月号)

月刊「いのちのことば」

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