《旬人彩人》インターナショナル スクール校長 玉木由美

生かされてあるいのちを、バングラの教育に

突然のがん宣告と夫の死。それをきっかけに教師を辞め、国際協力の道を歩み始めた玉木由美さん。バングラデシュに学校を設立し、現在、校長を務めている。これまでの道程で、重ねてきた決断の背後には、数々の不思議な出会いと導きがあった。

プロフィール:東京都生まれ。公立中学で英語教諭として20年以上勤めた後、2007年、バングラデシュに、YOU&MEインターナショナルスクールを開校。校長に就任し、日本と行き来しながら学校の運営、発展に精力的に活動している。NPO法人YOU&MEファミリー代表理事

「『こんな楽しいこと、独り占めにしちゃだめですよ!』

そう言って応援してくれる人が次々と現れ、日本でも支援の輪が広がっていったんです」

そう話すのは、バングラデシュでYOU&MEインターナショナルスクールの校長を務める玉木由美さん。

国際貢献を志して訪れたバングラデシュで、由美さんは現地の牧師夫妻、ワハブさんたちと協力し、2007年、ダッカ郊外に学校を設立。貧困などで学校へ通えない子どもたちに、教育の場を提供している。

校舎があるのはカジプールという町。土地はワハブ夫妻の提供で、妻のリナさんが副校長だ。二人三脚で一から立ち上げ、初めはスタッフの給与も自分たちの持ち出し。しかし、賛同者が増えるに従い、2015年にはNPO法人YOU&MEファミリーを設立し、運営の基盤とした。開校時、26名だった生徒は現在400名弱。教員・スタッフも18名と、今や地域になくてはならない教育施設へと成長した。

毎年恒例の日本からの体験型学校見学「スタディ・ツアー」も好評。参加者は子どもたちと交流しつつ、学校への理解を深め、異文化との出合いが、新しい自己発見の機会にもなっている。クラブ活動や遠足、文化発表会など、参加者の意見から導入したものも多い。個性を伸ばし、社会性を育てるこれらの活動は、バングラデシュではめずらしく、今や学校は、文化の拠点としての期待も背負う。

「世界一の教育を与えたい。他と比較してではなく、絶対的な意味での世界一。教育で一人の子どもの未来が開ければ、全世界の未来が開ける」

生徒が増え、校舎も手狭に

それが由美さんの信念だ。

由美さんは東京都足立区生まれ。青山学院大学在学中に信仰に導かれ、卒業後は、区立中学の教師となった。就職当時は校内暴力全盛期で、荒れすさむ生徒たちを相手に格闘し、苦悩の日々が続いたが、数年後、結婚・出産を機に変化が訪れる。同じ大学で出会った夫、真一さんと子どもが支えとなり、心にゆとりが生まれ、由美さんは仕事に喜びを感じるようになった。

そんなある日、検診で乳がんを宣告される。闘病生活が続く中、由美さんは命に限りがあることを実感。「今、生かされていることの意味を、いつも心して生きよう」と、胸に刻んだ。

しかし治療を終えた半年後、更なる悲劇が由美さんを襲った。真一さんが病で急逝したのだ。四十四歳の若さだった。

「当時のことは、今も受け止めることができない」と、由美さんは声を詰まらせる。最愛の夫の死に、心は絶望に覆われ、泣き暮れる日々を送った。しかし、そんな中、彼にやり残したことがあるのではないかと、遺品に答えを探し求めていた由美さんは、一通の手紙を見つける。

「ぼくはいつかバングラに行きたい。できたら君と一緒に。今は無理でも、その時がくるのを一緒に祈ってくれないか」

それは昔、由美さんが真一さんから受け取った手紙だった。

牧師家庭に育った真一さんはクリスチャンで、病院事務を務めながら、国内外のボランティア活動に力を注ぎ、自らもボランティア団体「ルカ・ジャパン」を設立するなど、奉仕の精神にあふれた人だった。手紙を受け取った当時、日々の忙しさに疲れを感じていた由美さんは、彼の願いに真剣に向き合わず、手紙の存在もいつしか忘れていた。時を超えて語られたメッセージが胸に迫り、後悔が心にあふれ、由美さんは泣き崩れた。

「何ができるかわからない。でも、バングラに行こう」

教師を辞めることを決め、由美さんは単身、海を越えた。

「カジプールに学校を作りたいと願っている牧師夫人がいるんだけど、会ってみる?」

バングラデシュの都市で教師のボランティアをした後、由美さんは知人からワハブ夫妻を紹介された。早速訪ねると、聖書を手に現れたワハブ牧師は、由美さんにこの国へ来た理由を尋ねた。

「自分の意思というより、何かに導かれるようにここに来た。私の中で生きているイエス様が、そうさせていると感じる」

由美さんのことばに、ワハブ牧師はぱっと聖書を開き、言った。「それは、ガラテヤ人への手紙、2章20節ですね」

ことばも文化も違う、イスラム教国の小さな町。でも、聖書を真ん中に置けば、つながることができる。驚きと喜びで胸がいっぱいになった由美さんの心に、この人たちとなら共に歩めるという確信が生まれた。
その夜、招かれた夕食の席、ワハブ家族に囲まれ、これまでのいきさつを話していると、心の奥にしまい込んでいた感情が堰を切ったようにあふれ出た。誰にも理解してもらえないと思っていた深い孤独と悲しみ。ふと見ると、号泣している自分と一緒に、皆が泣いている。心を寄り添わせ、共に悲しむ人たちの中で、由美さんは心が癒やされていくのを感じた。「この場所に、確かにイエス様がいる」

リサさんが語りかけた。

「あなたを待っていた。どの国の人でもいい、学校を作る同労者をと、五年間、祈り求めた。今、与えられた気がする」

日本から送られた教材など、子どもたちは大切に使って学んでいる

「夫の意志を継ぐなどという単純なことではない。どう生きていくのかを見つめ直し、深く考えた末の決断だった」

その後、2度めのがんを経験し、平坦でない道は続く。しかし、由美さんは立ち止まらない。

昨年、ダッカで日本人をも巻き込むテロ事件が起きたが、由美さんは1か月後には、学校へ向かった。外務省の注意喚起が出される中、もしものことを考え、2人の息子に遺言状を残しての渡航だった。生徒とスタッフの無事を確かめ、喜びを分かち合うと、由美さんは朝礼で子どもたちに語りかけた。

「世界が求めているのは、違いを尊重しながら助け合い、お互いを大切にしていく平和です。バングラから、その平和を発信していきましょう」

「たとえ外がドンパチやってても、学校の中は天国のよう」。そう話す由美さんの笑顔は、バングラデシュの強い日差しのように、輝いていた。

(伊藤千賀子)

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