《特集》クリスチャンホームの良いところ、悪いところ

クリスチャンホームで育っても、
教会を離れてしまう子どもたちは多い。
なぜ、教会に行かなくなるのか―。
クリスチャンホームで育った青年たちの思いとは。

大嶋重德 KGK(キリスト者学生会)主事


A 君:牧師家庭で育ち、大学時代に教会から「羽ばたこう」と画策。地方出身。神学生。
B 君:大学2年生。東京出身。クリスチャン2世で、家庭礼拝にあこがれていたという。
Cさん:大学2年生。祖父が牧師のクリスチャン4世で、教会は好きではなかったとか。
Dさん:大学4年生。教会は好きで、両親もいい感じの放任主義だったという。


大嶋:まずは、それぞれどんな家庭だったか教えてもらえますか。

A 君:牧師家庭だったので、日曜日は階段を下りて教会に行っていました。友達がいたので、教会学校には喜んで行っていたし、特にキャンプは好きでしたね。中学生になって、そろそろ洗礼を受けたいって思って……。洗礼を受けることで、イエスさまとつながれる気がして、受けました。中高で部活のこととか、自分なりに考えるようになって、ふらふらしましたが、大学時代に信仰を受け取りなおしました。

B 君:母のお腹の中にいるころから教会に行っていました。教会学校で友達と遊んで、聖書を学ぶのがただ楽しくて通っていました。洗礼は中学生のときに受けました。キャンプで同世代の子が「洗礼受けたい人」っていうのに手を挙げていて、「負けたくない」って。同世代の影響は大きかったです。聖書の知識もみことば大会とかも、あいつには絶対負けたくないって(笑)。でも、高校生のときになんで自分は救われたのかって考えて。証しでも何を話せばいいかわからなくて。クリスチャンホームに生まれなかったら、神様のいない生活を真理だと思ったのかなって、考えたりもしました。でもビビりだったから、教会に行かないってことはできなかったんですけど。

Cさん:私はクリスチャンホームがいやでしたね。自分が行きたいわけじゃないのに、毎朝車に乗せられて教会に連れて行かれることに、自分の意思ではない、って思っていました。

Dさん:私の家はわりと放任主義で、部活の試合が日曜日でも、「いってらっしゃい」って送り出されていましたね。クリスチャンホームで「あれ?」って思ったのは、日曜日遊べないこと。中学からはミッションスクールだったので、気にならなくなりましたけど。

B 君:見えない圧力はなかったですか。一度休むと行きづらくなるとか。

Dさん:そんなことないかな……。平日に教会に遊びに行ったりしていたし、教会に行くかどうかは自由だって。

B 君:ぼくは教会を休むことについて、教会と親の圧力、両方あったな。

Cさん:うちは高校になったら自分で教会に行くか選びなさいって言われていました。でも、自由にしていいよとは言いつつ、朝「教会だよ」って誘いに来るんです。「今日はいい」「部活がある」とか、ごまかしごまかし、行ったり行かなかったり。でも罪悪感はありました。朝だけですけどね(笑)。

B 君:ぼくの場合、教会は同じ価値観を共有するコミュニティだから、教会に行かなくなることは、皆を裏切ることだと思っていたのかもしれません。

大嶋:きょうだいは教会に行ってる? 自分との違いなんだと思う?

Dさん:姉は中学のときに洗礼を受けたけど、大学ぐらいから教会に行かなくなって、今はまったく行っていないですね。姉にも教会に仲のいい友人はいたし、私は社会人になっても教会に行くだろうから。違い……何だろう。

A 君:ぼく自身が思いっきり教会を離れる可能性がありましたけどね。大学でさあ羽ばたくぞ! みたいな(笑)。でもKGKで自ら聖書を読み、教会生活で養われることを知ったのが大きかったです。そこでいろいろ考え直して、信仰を受け取ったということが今の支えになっていると思います。ぼくのことを気にしてくれる人がいたからかな。

大嶋:気にしてくれる人がいたっていうのはあるよね。自分自身は、教会のこととか気にしてなかったよね。

A 君:そうですね、気にしていなかったですね。むしろ気にされたくないって思っていましたね。

Dさん:姉は私よりプライベートを守りたいタイプで、それを人一倍気にしていたから、そういうのがいやで教会に来なくなったのかもしれません。親にすごい反発してたし。教会って小さい頃から行ってると、おばさんとかにガンガン声かけられたり、家族ぐるみで仲が良いと情報が筒抜けなんですよ。

Cさん:私もそれが重荷だったことがあります。親に話していないことも、なんで知ってるのって。あと、きょうだいと比べられるというか、弟は洗礼受けたけどどう? って聞かれたり。 高3のときに受験を理由に半年ぐらい教会に行かなくなったんです。でも、60、70代のおばちゃんが、今度教会でこれがあるよって時々メールをくれて。友達からもキャンプに誘われたり……。ずっと教会を休んでいると、自分からは行けないですね。あと、久しぶりに行っても普通にしてほしい。

Dさん:あと姉は、周りが派手で遊んでいる人たちの高校だったので、そのままそっちに行ってしまった感はあります。一度、「なんで教会行かないの?」って素朴な疑問で聞いたら、「外で遊ぶほうが楽しいじゃん」って言っていました。でも、土台としてはあるみたいです。「神様、いるじゃん」って。

A 君:ぼくの家も妹だけ教会に行っていないんですが、それと近いのかも。キリスト教がすごくいやというよりも優先順位として、もっとやりたいことがある感じがしますね。本人から聞いたわけじゃないからわからないけど。

大嶋:クリスチャンは不自由で、やりたいことができない、もっと楽しい世界がある、って思ってるのかな。

A 君:罪を犯したいかとか、めちゃめちゃ遊びたいとかでもなくて、自分で歩みたいってことなんじゃないですかね。自分で選んで、自分が行きたいところに行きたいって思っていたんじゃないですかね。礼拝は大切、でも眠い、そういう中で自分で選んで歩みたいって。有無を言わせずこうしなければ、と教えられてきたから、自分で選び取って歩むことは、ぼくにとって必要なことでした。すごく考えました。

Cさん:絶対、何があっても日曜日に教会に行く理由がわからなかったから説明してほしかったです。教会には同世代もいないし、楽しくない場所でした。高校生まで携帯も外泊も禁止だったけど、その理由もわからなかった。

大嶋:なんでだめか、説明されていないことは多いよね。性的な罪を犯して教会を離れる人もいるし。

A 君:キャンプで大嶋さんと話して、その理由を知りましたよ。だから、危なっかしかったけど、彼女を教会につれていったり、堂々とできたんだと思います。理由を知るのは、早けりゃ早いほどいいと思う。理解度は少ないかもしれないけど、性的な関係が進んでからじゃなくてよかった。

大嶋:両親がクリスチャンで教会に連れて行かれたけど、どう歩むかは自分で選びたい。それは大切だよね。じゃあ、自ら信仰を選んだ決め手は何かな。

Dさん:私は松原湖のキャンプです。小学生のときから毎年参加していて、高校生からは奉仕をしていました。でも、高3のときに教会が嫌いになって、「神様はいない」って教会を離れたんです。でも毎年行ってたから、夏になると声がかかるんですよね、奉仕者が足りないって。私が教会に行っていないというのを知らないのもあったけど(笑)。そのつながりは断たなかった。

A 君:大学でKGKの集まりに参加して、自分で本当に考えて信じると決めた同世代の人、ちょっと上の先輩に出会ったことです。良い感じに生きている人に出会うのは、衝撃的でした。どうせどっちか決めるなら……。決着をつける意味でも聖書を読みましたね。

Cさん:教会には同世代の子がいなかったんですけど、キャンプで聖書を読んでるって子と出会って、何してんのって思ったんですけど……。そのとき知り合った友達は今も支えになっています。親からの声を聞けないときも友達の声なら聞けるかな。そのキャンプは、部活だから行けないって言っていたのに、親に「2日目からなら行けるでしょ」って無理やり行かされたんですけどね(笑)。

大嶋:親が信仰継承として、同世代と出会わせてくれたんだね。やっぱり同世代がどう信じているかは大きいね。

B 君:ぼくは親からキャンプに行くように言われなかったし、家庭礼拝もしてないんです。もっとちゃんとしてほしかったと思う。でもある日、朝早く起きて父親が祈っているのを見つけて、そしたら母親に「毎朝あんたのために祈っているんだよ」って言われて感動したことがあります。何かをしてくれたというより、信じている背中を見せてくれた。あと、遊んだりして関係を築いてくれました。信仰継承で何か気をつけたことがあるかを聞いたことがあるんですが、ひとつは、祈ること。ふたつめは、関係を築くこと。信頼関係がなければ通じないからって。親がやってくれたことと、親にしてもらいたかったことを自分もしたいですね。

Dさん:うちはいい感じの放任主義でしたが、姉とのバトルがすごくて、親は悩んでいました。姉が教会に行かなくなったのを見て、どこで子育てを間違ったのかなって。あなたのことは何も心配してないから、って言われたから、私はしっかりしなきゃってプレッシャーはあったけど、それがうまくはまったのかな。親ならしっかりしてって思ったこともあるけど、良くも悪くも素の姿を見せてくれていました。

Cさん:うちは毎朝、学校に行く前に親が玄関で祈るんですけど、それを友達に話すと、異常なんだなって(笑)。高校時代は本当にいやでしたね。自分が信じていないものに祈るってなんだろうって。あと祖父が牧師なので、私たちのことを祈っているのを教会員から聞くんです。最近は思ってくれてるんだなってわかるようになりましたが。今では私も、外出するときの祈りは子どもにしてあげたいし、無理やりキャンプには連れて行かれたのもよかったけど……。でも、いちばん上のお兄ちゃんも親にきつく言われていたけど、それで教会に行ってないから、どっちがいいのかなとは思う。

大嶋:きつく言うか、きつく言わないか……。どっちも後悔があるよね。

A 君:なんか、親に簡単に答えを言われそうなのがいやだったのかな。ぱぱぱって簡単に答えられると、話したくないって思う。祈りなさいって言われたら、「やっぱり」って(笑)。自分の子どもが悩んだら、信仰をもちつつも、一緒に悩んでいけたらと思います。

Cさん:親が教会学校の先生というのもいやだったし、キャンプでわかち合いとか聞かれるのもいやでした。でも聖書を読む同世代に出会って、大学入学前の春に信仰をもって、去年洗礼を受けました。それまでは、教会も家族もきらいだったけど、救われたことで、いろいろなことが見えてきました。

B 君:ぼくも救われた後にわかりました、祈りが大事だなって。救われた後に徐々にわかってきて、また疑問が生じて、解決されて、壊されて、築き始めて、そのくり返し。信仰の確立は大きいです。親が信じてるから、自分も信じているって思っていると、親に支配されているって感じてしまいます。自分でしっかり信じて、信仰が確立すると、親は親、自分は自分って思える。

A 君:ぼくは年齢的な問題と、信仰的な問題は同時期だったので、どちらも大きかったです。ただ信仰をもつことで、信仰者として親と対峙することができたかなとは思います。あと、大学で牧師の親元を離れて、違う教会に通えたっていうのは大きいと思います。牧師の子どもとしてではなく教会に行く、その距離感がよかった。ぼくが牧師になったら、子どもは外に出してあげたいなって思いますね。

大嶋:自分の名前で生きる場所の存在は大切だよね。神様を信頼して、子どもを送り出していきたいね。

月刊「いのちのことば」2013年9月号掲載)

ロングセラー!

親の立場でも子の立場でも考えさせられる一冊。

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