《特集》神の「みこころ」を知りたい② マリア福音姉妹会

困難は「みこころ」のしるしの可能性も…

マリア福音姉妹会 シスター・スミルナさん

プロフィール:トップ写真の左側。フィンランド出身。高校生の時、生けるキリストに出会い、1975年ドイツにあるプロテスタント共同体、マリア福音姉妹会に入会。80年、日本支部設立のため来日したメンバーの一人。会の創設者バジレア・シュリンク(1904─2001)による書籍(カナン出版)を通して、悔い改めと和解、キリストへの初めの愛を日本の読者に紹介している。87年、拠点を関東から福岡に移し、現在に至る。

1.あなたにとって「みこころ」とは?

私は、日本語の「みこころ」ということばがとても気に入っています。英語やドイツ語では“意志”と訳されますが、それより柔らかく、“ハート”が入っているからです。愛とあわれみに満ち、子らの最善を願う、父なる神様の“ハート”です。

私たち人間は、わがままや高ぶりから神様の「みこころ」の道をそれ、さまざまな悩みを自分の上に招いてしまう弱い存在です。だからこそ、「主の祈り」の「みこころが天で行われるように地でも行われますように」を、自分の人生、日々のすべての行いに関して祈ります。常に「みこころ」を行われたすばらしい模範、イエス様に倣い、みことばの上にしっかり立って、時に応じた常識的な判断を働かせることも大切です。

2.何か課題があったとき、「みこころ」かどうか、どうやって判断しますか?

導きを祈って決めたあと、内なる平安が与えられ、周囲にも、その選択が妥当と裏づけるさまざまな事実があるなら、安心してその働きに取りかかります。時間的、体力的に問題がないかどうかも、重要な判断材料です。また、何か良いアイディアが浮かんだとき、行動に移る前に不安を覚えるなら、同じ信仰に立つ周囲の人からアドバイスを求めることもあります。しかし、イエス様は“すべてのことを教えてくださる助け主なる聖霊”(ヨハネ14・26)を私たちに約束されたので、何よりも大切なのは聖霊の導きを求めることです。

3.困難にぶつかり、これは「みこころ」ではないのでは? と考えたことはありませんか。また、その状況をどう乗り越えましたか?

私たちの体験からは、むしろ「みこころ」であるからこそ、困難や試練を通らなければならないことが多い、と言えます。つまり、困難にぶつかること自体、「みこころ」のしるしである可能性があるのです。

そんなときは、目的を妨げるものが取り除かれるまで祈り続けます。人の心が変えられて道が開かれるよう、あるいは金銭的な必要が満たされるように、などです。

注意したいのは、神様からの祝福と助けを妨げる障害物(=罪)が、自分の中にある場合。心を探り、もし示された罪─神様との間の問題であれ、人間関係の問題であれ─に気がついたら、それを御前に携えて行き、悔い改めることが必要です。その結果、困難に直面したこと自体が最終的に祝福の源になります。神様、そして隣人との関係が良くなり、祈りがさらに聞き入れられるようになるのです。もし罪の問題などがなく、なお解決が与えられなければ、忍耐と謙遜を学ぶよい機会となります。

4.日常ではどのようなとき「みこころ」かどうかを求めますか?

たとえば、大会やセミナーなどへの参加。参加したい気持ちがあっても、それが本当に「みこころ」かわからず、悩むことがあります。

そんなときは、参加費用が満たされるなど、何らかのはっきりしたしるしを主に求めます。思いがけずそうなれば、喜びと感謝をもって出かけ、期待どおりに宿が確保できなかったりすれば、それを「上からのノー」として受け入れます。がっかりしても、「みこころ」だとわかるなら、平安と喜びがわいてきます。

5.読者に、「みこころ」を知るためのアドバイスをお願いします。

やはり、神様の静かな御声に心の耳を澄まし、敏感に聞き取ることが求められます。さまざまな事実からも、判断の裏づけを与えてくださるよう、主に祈るのもよいでしょう。

祈りが聞かれないと感じたときや、病や自然災害など、さまざまな試練に見舞われたときは、「みこころ」を見失い、つまずくことがあるかもしれません。でも、そんなときは自分の強い願望が必ずしも主の「みこころ」であるとは限らないことを覚えておくことが大切です。

会の創設者、バジレア・シュリンクは、「主よ、私には今、あなたのなさることがわかりません。しかし、あなたが愛であることを信じます」という、信頼の祈りを霊的遺産として残しています。理解しがたい導きや苦難の最中で神様の愛を疑わず、すべてが「主の愛の手からくる」と信じるなら、乗り越える力が与えられ、心が平安で満たされるのです。

「わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い」(イザヤ55・9)。私たちの視野は狭く、現世のものだけを考えがちですが、神様の世界は、永遠に続く世界なのです。

「百万人の福音」2017年6月号より

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