《特集》聖書に発見! 回復のプログラム⑦ イエス・キリスト

聖書に発見!回復のプログラム

イエス・キリストの場合

聖書の中には、様々な理由で破綻した登場人物が、回復へと導かれる事例がいくつも載っている。その中から、今回はイエス・キリストの話を。

すべての回復の源が、キリストの十字架と復活だった

病人や貧しい人々を助け、神の教えを説いたイエスは、嫉妬に駆られた律法学者たちの画策により十字架刑に処せられた。数日前まで「イスラエルの 王」と崇めていた民衆は、イエスにばり雑言を浴びせ、共に働いた弟子たちは、恐れて逃げ去った。イエスが十字架上で神に叫んだ「どうして…」(マタイ27・46)は、肉体的、精神的苦痛の極限の中で、唯一のよりどころ、救いの砦である創造者からも見放されたという、絶対的な孤独と絶望の深淵に、イエスが立ったことを示す。

しかし、イエスが息を引き取る前に残したのは、嘆きではなく「完了した」(ヨハネ19・30)。全人類の罪と、その報いである神の裁きを代わりに背負って死ぬという、自身の使命が全うされたのを見届け、発せられたものだ。歴史上、最大の贖いが、ここに完成した。

葬られてから3日め。イエスはよみがえり、弟子たちの前に現れた。復活は、イエスの身代わりの死を神が受け入れ、死が打ち破られたことの証明。それゆえ、それを信じる者にも、永遠のいのちが約束される。十字架で流された血は、神との関係、そしていのちの回復を、全人類にもたらした。


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