《特集》神の「みこころ」の知りたい① 鳥羽季義

神の「みこころ」の知り方

人生の節目のとき、人はどのようにして神の「みこころ」を求めるのか?それぞれの「みこころ」の知り方について聞いてみた。

日本ウィクリフ聖書翻訳教会宣教師 鳥羽季義さん

1938年、長野県生まれ。70年より、日本ウィクリフ聖書翻訳協会宣教師としてネパール・カリンの村に入り、カリン語の聖書翻訳に従事する。76年、伝道したことを理由に国外退去命令を受けて一旦帰国するが、84年、ネパールに戻り、翻訳を再開。94年に、カリン語新約聖書を完成し、2014年、旧約を合わせた聖書全巻を出版した。2016年から長野県在住。

Q1. 神の「みこころ」、どうやって知るのか?

A. 「第一にまず、主に祈り、待つこと。」

あなたにとって「みこころ」とは?

A. これまでウィクリフ聖書翻訳協会の宣教師として、母語の聖書を持たない少数民族のために、聖書を翻訳する仕事に携わってきました。五十年前に、どのような働きをすることを神様が望んでいるか祈り求め、この働きに導かれたのです。今振り返ってみて、それが確かに神様の「みこころ」だったと感じます。

Q2. 聖書翻訳の働きを選択する時、「みこころ」の道だと、どうやって判断しましたか?

A. 大学時代、日本語訳聖書をつくったヘボン博士の伝記を読み、聖書をそれぞれの母語に訳す翻訳の必要について知りました。同じ頃、自分の民族のことばで聖書翻訳をしているフィリピン人クリスチャンがいるという話を聞き、興味を覚えて手紙を送りました。結局、その人から返事は来なかったのですが、なぜかアメリカのウィクリフ聖書翻訳協会から連絡があり、「翻訳の働きのためには、いろいろな訓練が必要です」と説明を受けました。そして後日、協会の案内と申込書が届いたのです。その一連の出来事から、これは神様の「みこころ」かな、と思いました。私は申し込みを済ますと、大学の卒業を待って、渡米しました。

Q3. 困難にぶつかり、これは「みこころ」ではないのではと、考えたことはありますか? また、その状況をどうやって乗り越えましたか?

A. 難関はたくさんありました。

まず、協会の入会試験に落ちた時です。アメリカに着くと、英語力を上げる訓練をしてから神学校に入り、入学後は翻訳に関わる授業だけでなく、聖書を基本から学ぶため多くの科目を履修しました。アルバイトをしながら必死で勉強したのですが、結果は不合格。その時はこの道は「みこころ」か? と少し疑いました。しかし、再挑戦で合格したので、「みこころ」を確信しました。

また、翻訳宣教師になるために必須だった、メキシコ南東のチアパス州でのジャングル訓練への参加は、現地に行くまでの交通費がなく、困りました。思案しながら祈り、ともかく国境近くに行ってみることにしました。するとなんと、そこに居合わせた知人が、メキシコ行きのお金を私の手に握らせてくれたのです。

そうして夜行列車やバスを乗り継ぎ、やっとのことでチアパスにたどり着くと、そこは男性が皆、ピストルを携帯する物騒な町。ことばもわからず、不安に襲われましたが、「みこころ」でここまで来たのだからどうにかなると考え、ただ主にゆだねて、ジャングルへと進みました。

その後、ネパール・カリン村に派遣されたのですが、結果的にはそれらのさまざまな経験が多くのことを学ばせてくれました。何よりも大きかったのは、すべてのことについて、主に任せて生きる秘けつ。他にも信仰を働かせ、困難に向かって進むための実際的な知恵や技術がたくさん与えられ、どんなところでも生き残れる力を頂きました。

Q4. 日々の生活では、どのようなときに「みこころ」を求めますか?

A. ネパールでも「みこころ」を求める機会は多くありました。たとえば子どもの教育。住んだところに、私たちの子どもに適した学校がなく、祈って考えた末、妻のイングリッドが家で勉強を見ることにしました。

カリン語の新約聖書が完成した時も、その後何をすべきか「みこころ」を求めました。協会とも話し合い、一度は、別の言語での翻訳作業を始めたのですが、協力者を失い、継続できなくなりました。するとちょうどその時、カリンの教会から旧約聖書を訳してほしいと要請があったのです。それを受けた結果、今、カリン語の聖書は全巻で完成しています。主のなさることはすばらしい。

Q5. 読者に、「みこころ」を知るためのアドバイスをお願いします。

A. それは人により違うので難しいですね。でも共通して言えるのは、第一にまず主に祈り、待つことではないでしょうか。私はいつも「主の祈り」をします。毎日です。そして主が、今日何を導いてくださるのかを待ち、感謝します。将来の導きのためには続けて祈る時間が必要です。

第二には、教会で奉仕をしながら友と分かち合いの時をもつことです。信仰の友から受ける刺激や、指導者からの助言は、時に「みこころ」を知るヒントになるうえ、交わりの中で励ましを得ることもできます。

最後に、いろいろな経過からも神の「みこころ」を知ることができます。私の場合は読書(ヘボン博士の伝記)からでした。そういうこともあるのです。要するに、いつもへりくだって神に導きを求めながら、心の目を開いていましょう。必ず夢が生まれ、それが実現できます。

妻のイングリットさんと

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