《N.T.ライトとは誰か》2 ポスト・モダン社会に「聖書的な福音」を発信

中澤啓介(大野キリスト教会 宣教牧師)

 英国の聖書学者N・T・ライトが注目されている。その福音理解の新鮮な視点が高く評価される半面、伝統的な義認論・贖罪論を脅かすとの批判も根強い。ライトはどんな人物で、何を主張しているのか。また、彼に対する賛否の議論はどのようなものなのか。欧米の福音主義神学の動向などに詳しい中澤啓介氏に解説していただく。


興味深いのは、アメリカの福音派の教会、大学、神学校の動きです。特定の聖書学者、神学者たちも積極的に発信していますが(バイオロゴスのグループをはじめ、ジョン・ハワード・ヨーダー、スコット・マックナイト、グレゴリー・ボイドなどがいます)、福音派全体が活気にあふれていることは間違いありません。アメリカの福音主義神学会のメンバーたちの多くも、やっと聖書の無誤性の縛りから解放され(むろん、その火種は、一部においてくすぶり続けていますが)、ポスト・モダン的な社会に積極的に発信し続けています。
特に、リーダー的な存在のある神学者が、「今やプロテスタントの世界では、リベラル以外の人々は皆福音派です」とまで断言していました。特に、聖書の無誤性(inerrancyとかinfallibility)の理解をより聖書的な言葉(例えば、「信頼しうる(trustworthyとかreliability)」に表現し直し、この教理を否定するのではなく、より高く聖書信仰を標榜しつつ、あらゆる解釈の可能性を大切にしながら、一致協力して聖書学と神学を推し進めていくと表明しました。キリスト教界全体をリードしていくという気概と自信を肌で感じさせる一瞬でした。
では、日本のキリスト教界の状況はどうでしょうか。残念ながら、カトリック、メインライン及び福音派を問わず、キリスト教界から日本社会全体に向かってキリスト教信仰(聖書の福音)を発信していこうという空気はほとんどない、と言わねばなりません。佐藤優や橋爪大三郎といった売れっ子の著述家たちが、キリスト教に関わりのありそうな本を書いて、20万部あるいは30万部と売れる書物を出版しています。こういう状況を見るなら、日本人がキリスト教に関心をもっていないわけではないことが分かります。彼らの書物が何がしかの影響を与えることはあるにしても、10年もすれば何の話題にも登らないでしょう。
では、日本の福音派はどのような状況にあるのでしょうか。依然として欧米の教会の動向を後追いするだけで、自らの足で立って活動を展開していく姿は見られません。残念ながら、翻訳文化の枠内に留まり、そこから抜け出る兆しは見えてきません。優秀な学者たちもそれなりに育ってきているのですが、教派や教派神学校の枠にきっちりおさまってしまい、一般社会にインパクトを与えるほどには至っていません。
ただし、30代から40代の若い牧師たちの中には、こういう状況を憂い、インターネットなどを通じ、自分たちの考えていること(ボイス)を積極的に発信していこうという動きも出てきています。新しい世代の台頭に期待し、20年後30年後のキリスト教界を彼らに託す以外に希望はない、というのが実情です。
もし、キリスト者と教会がこの世において生き生きと活動しきれていないのであれば(例えば、閉塞感に覆われている、窒息死寸前である、若者たちに魅力の無いものとなっている、ポスト・モダンの社会に届いていない、高齢化・過疎化現象に対応できていない、エキュメニズムに無関心になっている、社会から孤立あるいは遊離している)、その神学に致命的な欠陥があることに気づかねばなりません。聖書の福音理解に真正面から取り組み直し、現代社会に「妥当性(relevancy)」をもつ教会へと体質改善を図っていかねばなりません。
以上のような世界の神学的状況を踏まえるとき、現代のポスト・モダン社会に「聖書的な福音」のメッセージを発信し続けているライトに注目するのは当然でしょう。彼はこの20年の間、現代社会の思潮を鋭敏に捉え、エキュメニズム(教会一致)運動を射程に入れつつ、大胆かつ有効に神学的な活動を展開しています。日本では、ライトの書物が日本語に訳されなかった事情もあり、今日までライトの神学が話題にされることはほとんどありませんでした。日本福音主義神学会においてさえ、一部に「ライトは危ない」(この意味は私には全く分かりませんが)という声があるからでしょうか、本格的な議論がなされていません。ごく一部のライト信奉者たちが、読書会やセミナーを開いて学び続けてきたという、まことに寂しい状態でした。
日本の福音派の教会、神学校、各種伝道団体、牧師たち、それに教会のリーダーたちは、こういうキリスト教界の状況から一日も早く脱出しなければなりません。神がこの世界を創造された目的に目覚め、聖書の伝える「福音のメッセージ」をしっかり日本社会に浸透させていくために、大胆な体質改善が求められています。〈3に続く。〔毎週月曜日更新〕〉(クリスチャン新聞連載)

 

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私は、高校1年のときに、人は何のために生きているのだろうという疑問をもち、キリスト教会を訪ねた。そこで、聖書を読み、神を信じるようになった。以来、神は私のどんな問題でも解決してくださることを経験してきた。そのような体験から、何か他の人の役に立ちたいと思うようになり、牧師になった。あなたが、どのような問題をもっていても、一人で悩んで、閉じこもってしまわないでほしい。問題を解決してくださる神を知ってほしい。どうぞ、遠慮なく声をおかけください。あなたの人生がすばらしい歩みになるようにと、お手伝いさせていただければ嬉しく思う。

1942年生まれ。大学では哲学専攻。家族は妻のみ。二人の子どもは結婚して、孫も二人。

 

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