《N.T.ライトの神学》4 信仰の根底を揺さぶる合理主義

第1章 ライトの時代認識 信仰の根底を揺さぶる合理主義

中澤啓介(大野キリスト教会 宣教牧師)

3 モダンの時代思潮

近代合理主義の時代は、18世紀の啓蒙主義を契機として始まります。19世紀になると、西欧世界は科学的な思考がさらに進み、科学と技術の世界を発展させ、多くの祝福をもたらしました。その結果、人間社会はより良いものへと発展していくとの楽観主義が横行しました。社会、道徳、政治、経済などの領域では、新しいものが次々と生み出され、古いものに取って代わり、すべてはより良い方向に進んでいるかに見えたのです。

19世紀の世界は、人間の力による巨大な帝国が築かれていくかに見えました。様々な学問が発展し、人間社会や自然も人間の力で治めきれるかに見えました。特に生物学の研究は目覚ましいものとなりました。ダーウィンの進化の学説は、進化はデタラメに進むのではなく、生き残るにふさわしいものが残っていく(適者生存の法則)という原理に基づいて発展していくことを明らかにしました。つまり、1階の世界であるこの宇宙は、あらゆる方向に進化するのではなく、前進する傾向のもとで進んでいるというのです。このような考えは生物学の世界にかぎらず、社会全体に及ぶものと考えられました。科学の発達は、6000年前のある6日間に世界のすべてが創造されたと記されている聖書の解釈をめぐり、大きな論争を起こしました。

20世紀は、この19世紀の楽観主義を引き継いで始まります。ところが人類は、2つの世界大戦を経験し、ソ連強制収容所やアウシュビッツの悲劇、経済の大恐慌、アフリカの飢えと民族紛争、独裁的専制政治の恐怖、宗教的原理主義者の反乱などを経験していくことになります。20世紀初頭のロシア革命、30年代に入るとヒトラーが登場し、問題を解決するかに見えました。しかし、それは一時的な希望で終わり、人類の夢は見事に裏切られました。20世紀の終わりにはベルリンの壁が崩れるという希望が生じましたが、民族紛争は絶えず、宗教的イデオロギーの戦いはますます先鋭化していきます。

こういう状況であっても、西欧の人々の多くは、歴史はなおよい方向に進んでおり、すべての国々が「西欧の自由で民主主義の社会」をモデルにして前進している、とお手軽な楽観主義を抱き続けています。そういう通俗的な時代解釈に対し、ミシェル・フーコー、ジャック・デリダ、ジャン・フランソワ・リオタールなどの思想家たちは、モダニストの主張する「前進の夢」の暗部のルーツを明らかにしようとしました。彼らは、西欧社会は歴史が前進していく先のモデルになるのか、西欧の民主主義社会に世界中の国々を巻き込んでいくことが人類史のたどるべき道だろうかと、大きな疑問を投げかけたのです。

18世紀の啓蒙主義以降、歴史と宗教は区別して考えるのが一般的になりました。その結果、福音書研究者は、「歴史のイエス」と「信仰のキリト」とを区別して論じるようになりました。イエスにまつわる超自然的な出来事は、信じる者たちの心の中で起こっているだけで、現実には起こったわけではないと主張したのです。しかし、古代の出来事に対峙するとき、歴史と宗教を切り離すことはできません。旧約聖書のアブラハムやモーセなど誰であっても、新約聖書のイエスやパウロにしても、ギリシャのアレクサンダー大王やローマのユリウス・シーザーを歴史的人物として扱うのと同様、歴史的に扱わねばなりません。これまでキリスト教の保守派は、歴史に直面することを恐れてきました。しかし、イエスはこの世界の歴史のまっただ中にお出でになりました。歴史の事実やデータを恐れる必要は、いささかもありません。

この200年間の聖書研究は大いに進むのですが、中立的・客観的と称して、聖書をすべて合理的に解釈することになりました。その聖書批評学は、大学と神学校で受け入れられ、キリスト教信仰の根底を揺さぶるようになります。にもかかわらず、聖書は19世紀から20世紀の西欧社会に大きな影響を与えました。特に、文化、政治、哲学、神学、倫理の5つの分野において顕著でした。

カトリックは伝承を重視し、プロテスタント・メインラインは理性を重視しました。その反動もあったのでしょう。プロテスタント福音派は、種々の問題解決の方法として聖書の権威に訴える傾向を強く示しました。しかし、聖書に権威を置く場合、福音派は近代合理主義の理性中心主義を受け継いでおり、16世紀の宗教改革時代のそれとは、かなり異なっています。(本稿は筆者によるライトの主張の要約)〈5に続く〉(クリスチャン新聞連載)

 

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私は、高校1年のときに、人は何のために生きているのだろうという疑問をもち、キリスト教会を訪ねた。そこで、聖書を読み、神を信じるようになった。以来、神は私のどんな問題でも解決してくださることを経験してきた。そのような体験から、何か他の人の役に立ちたいと思うようになり、牧師になった。あなたが、どのような問題をもっていても、一人で悩んで、閉じこもってしまわないでほしい。問題を解決してくださる神を知ってほしい。どうぞ、遠慮なく声をおかけください。あなたの人生がすばらしい歩みになるようにと、お手伝いさせていただければ嬉しく思う。
1942年生まれ。大学では哲学専攻。家族は妻のみ。二人の子どもは結婚して、孫も二人。

 

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