《オウム報道》「違う」とはっきり言えるために

《寄稿》私たちの中のオウム

「違う」とはっきり言えるために

新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授 碓井真史

カルト宗教による大規模テロ事件。日本では起きないと油断していたのだが、オウム真理教によって私たちの惰眠は破られた。今回、教祖含め幹部7人の死刑執行によって、世間の注目が再び集まっている。

こんな事件があると、「宗教は怖い」という声が上がる。たしかに、宗教による恐ろしい事件は数多く起きている。第2のオウムの危険性もある。しかし私たちはオウムとは異なると、はっきり主張していかなければならない。時には専門家さえ、カルトのマインドコントロールと伝統宗教の布教活動とは結局は同じだと考える人もいるのだから。

破壊的なカルト集団は、新来会者を愛のシャワーで包む。だが実際は、個人よりも組織を大切にする。その教えにも、布教方法にも、欺瞞とご都合主義がある。末端信者の多くは善人で真面目な人だが、違法行為や非常識な行為も神のためと思い込み、結果的には人生が奪われる。私たちは彼らのことを学び、違いを説明できる準備をしておく必要があるだろう。

一般家庭では子どもへの宗教教育に否定的な親も多いが、教育に何の価値観も必要ないと言う親はいない。愛と義のキリスト教の教えは、人生の土台となり、子どもたちを幸せに導くと伝えたい。

私たちとオウムは違う。しかし、私たちの中にも「オウム的なもの」は潜んでいないだろうか。異端でもカルトでもないが、「カルト化」している教会はある(ウィリアム・ウッド著『教会がカルト化するとき』)。

信仰の名の下に犯罪行為を行った問題

2015年には、国宝や重要文化財の寺社に油がまかれる事件も発生した。逮捕状が出た容疑者男性は、カルトや異端の教祖などではない。むしろ国内の教会や学校でもメッセージを語ってきた人だ。容疑が事実なら、信仰の名の下に犯罪行為を行った問題は大きい。

オウム真理教内部では、国政選挙に敗北した後、得票数が操作されたとの陰謀論が広がっていく。今、一般のキリスト教会の中にも、様々な陰謀論が広がっている。またオウムは、サリン生成など科学の悪用を行ったが、同時に麻原彰晃の遺伝子は特別だなどニセ科学も使われている。

たしかに、科学と信仰は違う。だが、科学やデータを無視して良いわけではない。私たちは、科学も統計も法律も、神からの恩恵として適切に活用したい。教会の中にも、良い話なら科学もデータも適当で良いとする悪い意味での反知性主義が侵入していないか。

私たちの中にもオウム的なものは入り込む。目的のために手段をいとわぬ姿勢。指導者への盲従。信徒間の上下関係と相互監視。情報の制限。過剰な権威主義。聖書の軽視や曲解。極端な経験主義。信者を責め、自己肯定感を低下させ、その上でな使命を与える手法。このような手法は表面的効果を上げることもあるが、危険な方法だ。信仰心に熱く成長するなら良いわけではない。オウム真理教も、熱心で急成長した団体だった。

常に吟味が必要だろう。たとえば、アメリカのアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団は「御霊による個人的な勧めが、常識には反していても神から来ているというものは非常に少ない」として、個人の行動を強要することをいさめている。また、先祖代々の呪いなどを否定し、サタンや悪霊への過度な固執への警鐘を鳴らしている(2000年教団発行文書 “Endtime Revival–Spirit-Led and Spirit-Controlled”)。

この社会と時代から生まれたオウム真理教の問題は、教祖が死刑になっても、まだ依然として続いているのだ。
【クリスチャン新聞2018年7月29日号より】

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