《つい人に話したくなる聖書考古学》第4回 水くみは「石がめ」に

慶應義塾大学文学部教授、新生キリスト教会連合(宗)町田クリスチャンセンター牧師 杉本智俊

 聖書には、ほかにも有名な結婚式が出てきます。
 “カナの婚礼”と呼ばれるものです。「それから3日目に、ガリラヤのカナで婚礼があって、そこにイエスの母がいた。イエスも、また弟子たちも、その婚礼に招かれた。……さて、そこには、ユダヤ人のきよめのしきたりによって、それぞれ80リットルから120リットル入りの石の水がめが6つ置いてあった」(ヨハネの福音書2・1、2、6)

Qこのみずがめは何に使われたのですか?

 カナでの結婚式は、イエスが水がめの水をワインに変えるという「最初のしるし」― 奇蹟を行ったことで有名ですね。ここに出てくる「石の水がめ」は、水をたくさん汲み置きしておく据え置きタイプの大きなものです。
 「パリサイ人をはじめユダヤ人はみな……手をよく洗わないでは食事をせず、また、市場から帰ったときには、からだをきよめてからでないと食事をしない。まだこのほかにも、杯、水差し、銅器を洗うことなど、堅く守るように伝えられた、しきたりがたくさんある」(マルコの福音書7・3、4)と聖書にあるように、「ユダヤ人のきよめのしきたり」には、多くの水が必要でした。食事の前や、帰宅したら手洗いをするなんて、日本人みたいですね。
 そのため、家族の若い女性の重要な役割に〝水汲み”がありました。朝早いうちに、その日使う水を汲みに行くのです。これは、まだ水道などがなかった時代によく見られた光景です。かつては日本でも、土間に水がめを置くことが珍しくなかったようですね。
 ユダヤ社会で「石がめ」が使われていたのは、もちろん「石」文化だったこともありますが、なにより「きよめ」に関する律法の規定と関係しています。生活の中では、死体や生理中の女性に触れたりして「汚れた」とみなされることが多くありました。「市場から帰ったときには、からだをきよめて」というのも、市場では、動物の肉などが売り買いされていたからだと思います。
 さらに「汚れた者が触れるものは、何でも汚れる」(民数記19・22)とされました。陶器や土器など「土の器」が、そうして汚れた場合は、「その器は砕かなければならない」(レビ記11・33)のです。ですが石の器は、壊さずに、再びきよめることができました。そこで、大きな「石がめ」がよく使われるようになったのです。発掘調査でも、石灰岩をくりぬいて作った石の器がユダヤ人の居住地からひんぱんに出てきます。

Q井戸はどのようなものだったのでしょう。

 町は中心部が高くもりあがる形で作られることが多く、水は町の真ん中ではなく、町のはずれに湧き出ました。大抵の井戸は、日本のように地面を深く掘るタイプではなく、湧水の出る場所まで階段をつくって降りて行くような感じだったと思います。湧水にたどり着くと、もってきたかめに水を汲みました。小さめのかめを使い、据え置きタイプの大きな石がめを満たすまで、何往復もしたのでしょう。
 朝のうちに水を汲むというのは、その日に必要な水を集めるためですが、日中はかなり暑くなるためでもあります。夏は、昼間の気温が40度を超えることもあります。そんな中、重い水を運びながら、長時間、階段の上り下りをすることはたいへんなことでしょう。

 ナザレの町には、「マリヤの井戸」と呼ばれる井戸が残されています。この井戸は、ギリシャ正教の受胎告知教会の中にありますが、ギリシャ正教では、マリヤが天使からおつげを受けたのは、この井戸のそばだったと言われています。この井戸は、湧水がわいている場所を高めの石垣で丸く囲ってあり、井戸の横には、地上に続く階段が残っています。これを見る限りでは、階段で降りた先がそのまま水辺になっていたか、湧水の周りを石垣などで囲み、少しかがんで汲んだようですね。
 とはいえ、井戸に関する有名な聖書箇所、サマリヤの女が水をくみにきた記述では、その女性がイエスに「先生。あなたはくむ物を持っておいでにならず、この井戸は深いのです」(ヨハネの福音書4・11)と言っていますから、もっと深い井戸があったケースも考えられますね。
 時間は「第6時ごろ」とありますが、これはちょうど正午ぐらい。この女性が、ほかの女の人たちと顔を合わせる早朝を避けるような生活をしていたことが読み取れます。またイエスは、「あなたには夫が5人あったが、今あなたといっしょにいるのは、あなたの夫ではない」(同4・18)と言い当てています。大家族制や既婚が当たり前だったこの時代、このように家族関係から切り離されて生活している背景には、きっと何らかの事情があったのでしょうね。(月刊「いのちのことば」2013年2月掲載)

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