《時代を見る眼》宗教改革500周年をこえて②

“IT革命”としての宗教改革

神戸改革派神学校 校長 吉田 隆

 もう10年以上も昔のことである。アフリカはガーナで開催された世界の改革派教会の大会に参加した。フィリピンを訪ねたときにも貧困の問題を感じたが、アフリカのそれは比べものにならなかった。ところが、当時、私も持っていなかった携帯電話をほとんど皆が持っていたのには驚いた(電話線を引けないということなのだが)。
 さらに、舗装もされずにあちこちデコボコだらけの目抜き通りには、何軒ものネットカフェ! 店内を見ると、若者たちが何台ものコンピューターの前に座っては、ネットの情報を食い入るようにのぞき込んでいた。こうして彼らは世界の最新情報を手に入れ、いつかは今の境遇から抜け出す道を模索していたのだろう。
 まさに“IT革命”。情報技術の進歩によって世界は著しく近くなり、透明化されつつある。場所さえ特定すれば、あたかもその場所にいるかのような風景が見られる。門外不出の稀少本を、自宅の画面で読むことができる。新聞やテレビなどマスメディアが伝えない“真実”をさまざまな情報ソースから手に入れることもできる。善も悪も一瞬にして世界を駆け巡る……。

 「95箇条の提題」もドイツ語聖書も、批判的文書も教育的文書も、すべては活版印刷というIT革命によって瞬く間に市井の人々の手に渡っていった。それまでヴェールに包まれていた過ちは次々に明るみに出され、人々は聖書の知識を身に着けて、見せかけだけの権威は崩れ落ちた。そうして、永遠の“神のことば”の権威のみがキリスト教会の権威であるとの認識が生まれたのである。
 さて、昨今の教会事情。教会の集会中にスマホをいじっている青年。「集会中にスマホはやめなさい」と注意しようと後ろから近づくと、聖書を調べているだけだった。(*_*)神学校での授業中、私が語る人物や出来事などをすかさずWikipediaでチェックする学生たち。黒板に書く横文字の意味を検索するのはいいけれど、スペルのミスまで明らかに!(>_<)
 技術の進歩は恐ろしい。見せかけの権威など通用しない。情報の洪水の中で、ホンモノだけが残っていく。ホンモノの言葉。そして、ホンモノの信仰……。教会は、もっと透明化されていい。何が真実で、何が教会の本質なのかが明らかになるために。(月刊「いのちのことば」2017年11月号掲載)

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