《つい人に話したくなる聖書考古学》第5回 天国に「ヤシの木」!?

慶應義塾大学文学部教授、新生キリスト教会連合(宗)町田クリスチャンセンター牧師 杉本智俊

Qイースターとは、何ですか。

 イエス・キリストは、1週間続く「過越の祭り」の前に、弟子たちとともにエルサレムの町に入り、祭りの最中に十字架刑につけられます。死後3日目に復活しますが、それを祝うのがイースター(復活祭)です。
 町に入って行ったできごとは「エルサレム入城」と言われます。イエスはロバの背に乗って道を進み、大勢の人々が「ダビデの子にホサナ。祝福あれ」と喝采をあげて、華々しくそれを出迎えました。この数日後、民衆の声によって十字架刑につけられるとは思えない歓迎ぶりですね。
 現在も、このイエスの「入城」を模した行進が行われています。世界中からあつまった何万人ものクリスチャンが、イエス・キリストを賛美しながら何時間もかけて、オリーブ山からエルサレムの町まで歩きます。この日は、「棕櫚の聖日」と呼ばれ、イエスの進んだ道に人々が敷いた木の枝を記念しています。「祭りに来ていた大ぜいの人の群れは、イエスがエルサレムに来ようとしておられると聞いて、しゅろの木の枝を取って、出迎えのために出て行った」(ヨハネの福音書12・12、13)

Q 「しゅろ」というのは、どのような木ですか。

 正式名称はナツメヤシで、大きい葉っぱだと二メートルぐらい、高さ十メートル近くになる大きな木です。デイツという甘い実がなります。この実を取るには、かなりの高さまで登っていかなければなりません。現在は、品種改良されて、背の低い木もありますけどね。
 しゅろの葉が道に敷かれたことには、わざわざ木に登ってとってきたということ以上の意味があります。実はイスラエルでは、この“しゅろ”は、旧約聖書の創世記にでてくる「いのちの木」をあらわす植物なのです。「園の中央には、いのちの木、それから善悪の知識の木を生えさせた。一つの川が、その園を潤すため、エデンから出ており、そこから分かれて、4つの源となっていた」(創世記2・10)
 しゅろの木は、エデンの園にある「いのちの木」であり、同時に“神の祝福”のシンボルでもありました。つまり人々は、この「いのちの木」の葉を敷くことで、イエス・キリストを救世主と信じ、新しい“いのちのシンボル”として、入城を喜んだのです。
 ちなみに、「そこから分かれて、四つの源となっていた」とあるように、“木を中心として、水が四方に流れている”というのが、中東における天国のイメージです。今でもアラブの町では、庭に噴水をつくり、まわりに緑の葉、特にヤシの木を植えている家をよく見かけます。できれば、噴水の水は四つに分かれて流れるようにしたいとされます。聖書とは関係ない古代の町でも、水が四つの方向に流れるように造られている跡が発見されています。

 この天国のイメージは、水が貴重だったことによるものでしょう。日本は水の豊かな国ですが、中東では貴重な資源です。水の存在はいのちに直結しているのです。
 旧約聖書のエゼキエル書40章には「神々しい幻」が描かれていますが、そこにも、「水が神殿の敷居の下から東のほうへと流れ出ていた」(同47・1)という記述がみられます。東の門から1000キュビト(4、500メートル)進むにつれ、水の高さが足首、ひざ、腰とあがっていき、ついには泳げるほどの川になったとあります。「この川の流れて行く所はどこででも、そこに群がるあらゆる生物は生き、非常に多くの魚がいるようになる」(同47・9)と記されていることからも、水が豊かになることが、いのちを育むことにつながっているのがわかります。イエス自身も「わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる」(ヨハネの福音書7・38)と言っていますね。これは、最後の書であるヨハネの黙示録にもつながるイメージです。「御使いはまた、私に水晶のように光るいのちの水の川を見せた。それは神と子羊との御座から出て、都の大通りの中央を流れていた。川の両岸には、いのちの木があって……」(ヨハネの黙示録22・1~2)
 水がいのちを表すようになったのは、赤ちゃんが羊水の中で育つこととも関係しています。古代の豊穣の女神は、そのシンボルとして、女性像とそこから流れ出す水、そこに住む魚などがしばしば描かれました。ナツメヤシの木も、女神と同一視されていました。つまり、救世主イエスの登場は、これまでヤシの木や女神に象徴されてきた天国のイメージ、「いのちの木」や「いのちの水」を越え、それらを単なるシンボルではなく、現実のものとしてもたらすという、壮大で新しい世界観の実現でもあったのです。(月刊「いのちのことば」2013年3月掲載)

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