《しあわせな看取り》第1回 頑張らなくてもいいよ!

  • 2019/2/15
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頑張らなくてもいいよ!

惠泉マリア訪問看護ステーション所長 岸本みくに

「あっ!止まった!」「ばあちゃん、頑張れ!」「あっ!また息をし始めた!」「ばあちゃん、頑張れ!」

そんな家族の喧騒の中で、診療所の医師と我々看護師は、もうかれこれ1時間座っています。元気で家事をこなしていた88歳のキヨさん(仮名)は、2週間ほど前に家の片付けを頑張った後から次第に体力が衰え、数日前からは寝たきりになり食事ものどを通らなくなりました。まるで旅支度を終えたかのように。

病気知らずのキヨさんだったのでかかりつけの病院もなく、心配した家族は役場に相談に行き、介護保険の申請をし、ケアマネージャーを通して地域の在宅療養支援診療所と訪問看護ステーションに訪問依頼が来ました。

初めてお会いしたキヨさんは、すっかり衰弱し、意識も朦朧として、その晩にも息を引き取りそうな様子でした。ご家族は、本人の強い願いでもあり、このまま自宅で最期を看取りたいとのご希望でしたので、その場で看取りの心構えを説明し、段取りを打ち合わせました。

予測どおり真夜中に電話が入りました。「今、呼吸が止まりました。」娘さんの声でした。すぐに医師にも連絡をして、自宅に駆けつけました。到着すると、娘さんが玄関に迎えてくださり「すみません、また呼吸をし始めました!」とおっしゃるのです。先生と顔を見合わせましたが、「いいでしょう、上がらせていただいて、このまましばらく状況を見守りましょう」ということになりました。キヨさんの心臓は強靭なようで、呼吸は止まってはまた始まり、止まっては始まり、それを1時間繰り返したのです。ご家族は、呼吸が止まるたびに「ばあちゃん、頑張れ!」の大合唱。「まだ会いたい人がいるんじゃないか。きっと誰かを待ってるんだ!○○を呼べ!」真夜中にもかかわらず、どんどん人がやって来て部屋は満杯です。たぶん、近くの親族はほとんど集まったのではないかと思われます。

突然、婿殿が言いました。「ばあちゃん!もう頑張らなくてもいいよ!」娘さんが言いました。「そうだそうだ!もう頑張らなくてもいいよ!」「ばあちゃん、ありがとう!」「心配ばっかりかけてごめんね!」もう一人の娘さんも言いました。「そうだ、ばあちゃん、もう心配ないから、じいちゃんの所に行って飯でも作ってやんな!」「そうだそうだ!じいちゃんが待ってる!」また孫の一人が到着しました。孫が言いました。「ばあちゃん、頑張れ!」娘さんが言いました。「頑張れって言うな!」肩をすくめて孫が言いました。「ばあちゃん、頑張らなくてもいいんだって!」思わずみんなの中から笑いが溢れました。そうやって見守ること1時間、キヨさんの呼吸はついに止まりました。にぎやかで温かい声援の中の穏やかな最期でした。

旅立つキヨさんは、家族みんながそうやってキヨさんの旅立ちを受け入れるまで息をし続けたのかもしれません。「ばあちゃん、もう頑張らなくてもいいよ!」ということばは、働き者で精いっぱい生きてきたキヨさんに「今まで、ご苦労様。私たちは、ばあちゃんと別れてももう大丈夫だよ!」とキヨさんには聞こえ、ようやく安心して旅立たれたのではないでしょうか。

家族の最期を自宅で看取りたい、と訪問看護を依頼される方々が少しずつ増えています。とはいえ、このような体験を初めてなさる方々には大きな不安があります。

「死」という人生最大の危機をどのように受け止め、乗り切るかは旅立つご本人だけでなく、ご家族にとっても大変な出来事です。そのようなご家族の心備えのために、『だいじょうぶだよ、ゾウさん』という絵本を用いることがあります。ネズミと年老いたゾウのお話です。助け合いながら仲良く暮らしてきたゾウとネズミですが、年老いてゾウの国に旅立たなければならないゾウを幼いネズミは「行っちゃいやだ」と引き止めます。ゾウと離れることなど考えられないネズミでしたが、弱っていくゾウの世話をしながら、ネズミの心は成長し、ゾウの旅立ちを次第に受け入れるようになっていきます。ついにネズミはゾウのためにつり橋を修理し、ゾウが安心して橋を渡れるように助けます。そして橋を渡り始めたゾウにネズミは「こわがらないで」と声をかけます。ゾウは振り向いて「こわくなんかないよ。だいじょうぶ。安心してわたれるさ!」と答えます。見送るネズミは「そう、きっとすべてうまくいくよ……」とそっとつぶやいて、優しい笑みを浮かべました、というのが物語の終わりです。

まるであの晩のキヨさんとご家族のようです。(月刊「いのちのことば」2015年7月号掲載)

月刊「いのちのことば」

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