《しあわせな看取り》第2回 最大の贈り物

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最大の贈り物

惠泉マリア訪問看護ステーション所長 岸本みくに

恵さん(仮名)は、30代の娘さんです。交通事故の後遺症、心の病、そして乳がんと多くの苦しみを持って生きてこられました。がんとはさまざまな治療をして精いっぱい戦ってきましたが、私たちの訪問看護ステーションに託されてきたときは、もうそれらの戦いをやめてキリスト者としての信仰に立ち、神様とともに残された人生を歩みたいとの思いでした。がんの転移によるからだの痛み苦しみだけでなく、「死」への恐れとも向き合い、一緒に泣き、一緒に喜び、最後の3か月を看護師として、また主にある姉妹として彼女に寄り添いました。最初は「死ぬのが怖い」と言っていた彼女ですが、がんの転移を知らされた頃から、彼女の心は天国に向けられるようになりました。

痛み止めの使用はもちろんですが、背中の痛みに対してマッサージをしてもらうことを好む彼女とベッドに並んで座り、背中をさすりながら、賛美し祈り、天国を語り合う、それが私たちの緩和ケアでした。そして、「あとどれぐらいかなぁ」と天国を心待ちにしている恵さんでした。

ある日曜日の礼拝で仲間たちに証しした彼女の言葉です。

「……戦いの日々の中で、たくさんの気づきが与えられ、神様を第一とすることや、自力で頑張るのではなく、神様にすべてをゆだねて、すべてを明け渡し、どんなときにも最善をなしてくださる神様を信じ抜くことが大切であると学ばされています。私の今こうして経験していることは天国へ行くための訓練であり、準備であるかもしれません。病も死もなく苦しみも涙もない神様の愛で満ち溢れている天国に導かれるように神様にお祈りする毎日です。」

そのうちにがんは進行し、胸部のレントゲンを撮ったところ、左の肺しか機能していないことも分かりました。彼女はとても素直で率直な人でしたので、検査を終えて自宅に戻ってすぐ、自分の余命はどれぐらいと思うか、と私に質問しました。私は、それは神様がお決めになることだから、期間を予測することは難しいけれど、肺は大事な器官だから、それが侵されているということはかなり厳しい状態だと思う、と答えました。「この状態が1年も2年も続くことはないでしょ。そんなに長くは耐えられない」というのが恵さんの返事でした。私たちが耐えられないような試練には遭わせられないとみことばに約束されているから、神様にゆだねて信頼しましょうと話し合いました。

やがて呼吸困難のために通院ができなくなり、主治医は訪問診療(医師の定期的な訪問による診察)に切り替えてくださり、酸素吸入も開始されました。その頃より、「自分はどのような経過で亡くなるの?」「どんな症状が出るの?」と質問してくることもあり、「呼吸困難で死ぬのはつらいから、そのときは鎮静剤で眠らせてほしい」「眠っている間に天国に行きたい」「イエス様が迎えに来てくださるかなぁ」と、私にはそんなことも話していました。

主治医からは、苦しいときは使うようにと鎮静剤の座薬を渡されていましたが、その時期は私の判断に任されていました。その日の早朝、お母さんからの呼び出しで訪問すると、恵さんの呼吸困難は極度に達し、頼みの左の肺ももう機能しなくなっていました。

私は彼女に「恵ちゃん、約束どおり、これから鎮静剤を使います。イエス様がもうすぐ来てくださると思いますよ」と言いました。恵さんは大きな瞳をさらに大きく見開いて、待ってました!とばかりうれしそうに「ほんと?!」と言いました。家族全員がベッドの周りに集まりました。一人ひとりに「ありがとう」を言いました。お姉さんは「恵ちゃんは最高の妹だったよ!」と言いました。満ち足りた空気の中で恵さんは眠り始めました。呼吸困難も幾分やわらぎ、ベッドに横たわることができるようになりました。数時間して薬の効果が切れたらまた追加するので知らせてください、とお母さんに伝えて退室しましたが、それから3時間後恵さんは願いどおりに眠ったまま天に召されていきました。

「『良い死』というものがある。それは自分の死を最後の贈り物にできること。それが愛する者への最大の贈り物になる。自分の境遇を呪い、苦々しい思いで、死んでいくとすれば、残された者には罪責感しか残らない。しかし、自分の人生に満足し感謝して死ねるとしたら、それは『良い死』となり、愛する者への『最大の贈り物』とすることができる。」(『最大の贈り物』ヘンリ・ナウエン著)

恵さんの死は、ご家族にとっても私たち看護師にとっても最大の贈り物でした。(月刊「いのちのことば」2015年8月号掲載)

月刊「いのちのことば」

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