《しあわせな看取り》第3回 安心

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最大の贈り物

惠泉マリア訪問看護ステーション所長 岸本みくに

私のとっておきのスピリチュアルケアグッズがあります。私たちと神様、イエス様との関係を表すさまざまな絵や写真です。旅先で立ち寄った書店で見つけては集めてきました。一番のお気に入りは、大きな手のひらの中で安心しきってぐっすり眠っている赤ちゃんの絵です。この絵はキーホルダーの中に入っており、いつも持ち歩いています。

「とこしえの御腕がそれを支える。」(申命記33・27、新共同訳)自分自身が死の恐怖に襲われたときに、このみことばによって安心を得、全能の神様の御手に一切を委ねることを学ばされ、この絵は私自身の信仰告白となりました。ヒマラヤの麓にあるインドの小さな病院を一人で訪ねなければならなかった心細く不安な旅のときも、太平洋の真ん中で「エンジン故障につき空路を変更します」なんてアナウンスに騒然としたときも、私はいつも「とこしえの御腕」の中にありました。

そういうわけで、同じような不安の中にある人たちに私の安心を分かち合うのです。

あるとき、私の変わった名前の意味について質問した利用者さんがいました。私の両親はクリスチャン、この名前は聖書の「主の祈り」から取ったもので「神の国」「天国」のことであると説明しました。この方は末期がんでした。電話に出た私はてっきりご家族だと思ったのですが、ご本人自らの申し込みでした。「がんが全身に広がっています。できるだけ家で過ごしたいので助けていただけますか」とおっしゃいました。もともと札幌の病院に通院しており、病院内の緩和ケア病棟への入院を勧められていたのですが、家で過ごしたいと無理をして余市に帰ってこられたのだそうです。すぐに訪問診療(医師が定期的に訪問して診察する制度)をしてくださる先生を探し、ケアマネージャーもお願いして、支援体制を整えました。

初回訪問のときは、旦那様の肩につかまって歩いておられたのですが、二度めの訪問からはもうトイレまでは歩けなくなっていました。急速に病状は進行していました。私たちはほとんど毎日訪問して洗髪や清拭をし、傷の手当てをしたり、パンパンに腫れあがった両足をマッサージしたり、彼女を気持ちよくするために忙しく立ち働きました。

ある日、「今日は、ここに座って、安心できる話をして頂戴」と言われました。

この方は、クリスチャンである私の中に何か安心できるものがあると感じたのでしょう。病気との闘いに限界を感じ、かといって諦めるのも自分らしくないと感じて葛藤している苦しい胸の内を分かち合ってくださいました。

私はそれを聞いて、例のキーホルダーを上着のポケットから取り出して彼女に見せました。

「大きい手!」と言って彼女はその絵を眺めました。

その手は、私たちを造られた神様の手であること、そしてその手の中の赤ん坊は私たちであること、このようにあなたの全存在を受け止めてくださる方にお任せしたらいいのですよ、とお話ししました。

「私にもこの大きな手があるのですね! それは両親の手とは別なんですね? それは私にもあるし、子どもたちそれぞれのためにもあるんですよね?」「もちろんです。」

その夜にも来てほしいと連絡があり再度訪問したところ、祈ってほしいとおっしゃり、一緒に、イエス・キリストの御名により、私の全存在を委ねてお任せします、と祈りました。例の絵も拡大コピーしてお渡ししましたら、胸に抱いて眠ってしまわれました。すごい安心の効果です!

翌日は彼女の人生のクライマックスでした。旦那様や子どもさんたちだけではなく実家からもお母様や姉妹が来られて、皆さんが揃いました。家族をベッドの周りに集めて、一人ひとりに声をかけておられました。特に満面の笑顔で誇らしそうに「いい男になったわねえ!」「いい女になったわねえ!」「もう大丈夫!」と言いながらお子さんたちを眺めておられたのが印象的でした。私には「延命処置はしないでほしい」とおっしゃいました。

2日後、私は出張で4日ほど留守にしなければならないため、看取りについて旦那様と話し合いました。当初は「いずれは病院に戻る」という予定でしたが、このまま家で最期まで過ごさせたいとの決断でした。それで看取りについて打ち合わせ、主治医やケアマネージャーにもその意向を伝えました。出張の朝、立ち寄って、4日後には戻りますからとお伝えしましたが、翌日、ご家族の見守るなか、静かに息を引き取られました。

「平和のうちに身を横たえ、わたしは眠ります。主よ、あなただけが、確かにわたしをここに住まわせてくださるのです。」(詩編4・9、新共同訳)(月刊「いのちのことば」2015年9月号掲載)

月刊「いのちのことば」

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