《イベント》NCC宣教会議公開集会から①

  • 2019/8/11
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写真=左から吉高、藤原、平良、有住、西原の各氏

《イベント》NCC宣教会議公開集会から①

「エキュメニカル」をめぐって

 7月14日から行われた日本キリスト教協議会(NCC)主催による「宣教会議」では、初日後半のプログラムとして、パネルディスカッション「エキュメニカル運動の過去・現在・未来」が行われた。西原美香子氏(日本YWCA幹事)をコーディネーターに、有住航(NCC東アジアの和解と平和委員会委員)、平良愛香(平和を実現するキリスト者ネット事務局代表)、藤原佐和子(アジアキリスト教協議会常議員)、吉髙叶(NCC常議員)の4氏をパネリストとする議論の模様を連載で伝える。第1回の題は「私とエキュメニカル運動との出会い」。

 有住 大阪の釜ケ崎で育った。今は亡き金井愛明牧師らが活動されていた「いこいの家」に出入りし、教派や組織を超えて、夜回り活動、炊き出し、無料の法律相談、医療相談をするキリスト教のグループを知った。そんな草の根のエキュメニカル運動に出会ったのが原体験。その時は「エキュメニカル」という言葉も知らなかった。

 さらに、学生YMCAの活動を通してエキュメニカル運動に触れた。2004年に参加したインドネシアでの会議開催中に、ある教会が爆破され、会議の場で祈った。帰国直後にスマトラ沖地震が発生し、会議で知り合った学生から祈りの要請が来た。そういう青年運動の渦の中でエキュメニカル運動にコミットしていった。YMCAはこの働きの中核をなしている。世界教会協議会(WCC)発足時の総幹事は、世界学生キリスト教連盟の総主事であった人。教会だけではなく、キリスト教団体を含めてエキュメニカル運動はあると考えている。

 平良 沖縄生まれ沖縄育ち。しかし、沖縄で生まれたから自動的に「ウチナンチュ(沖縄人)」なのではない。日本に踏みにじられている沖縄の歴史、現状を見る中で、自分で選んで「ウチナンチュ」になったと思っている。沖縄では平和活動をしている人の中に多くのクリスチャンがいる。当然いろいろな教派やカトリックも一緒になってやっているので、子どもの頃から、平和活動は教派を超えてするものだと、当たり前のように感じていた。

 神学生になり、牧師になり、沖縄のことを訴える中で、NCC平和・核問題委員会の委員になり、こんなところに教派を超えて人権や平和を、宣教を担っている大きな働きがあるのだと知った。僕にとってエキュメニカル運動というのは、課題が先にあるもの。この課題を共に担うときに、教派という壁を超えていく、と実際感じてきた。この働きは、自分が抑圧されている者であるということの自覚、そこから逃げずに選び取る、そしてこれ以上抑圧しないでくれと声を上げ続ける決意と切っても切れない、と思っている。

 藤原 私は信徒の立場から、神学教育や研究に取り組んでいる。日本基督教団の信徒だった曾祖母、祖母、そしてキリスト教幼児教育に携わる母から信仰を受け継いだ4代目。しかし私自身は幼児洗礼と9歳のときの堅信礼をともにルーテル教会で受けた。自分の教派のアイデンティティーは、と悩んだこともあるが、エキュメニカルな背景として肯定できるようになった。自分がアジア人でクリスチャンで、さらに女性ということの分からなさに苦しんだこともあるが、神学を始めてみると、私が生まれた頃に日本でも、さらにその前からアジアの女性たちの神学運動なるものが始まっていたことが分かり、私も、そして誰でもアジアや日本のキリスト教史の延長線上に確かに存在するのだということが理解できた。互いに異なる者でありながら、似たような悩みを共有し、連帯できる人たちがいるという事実が、自分の信仰をより現実的なものにしてくれたと感じている。

 吉高 関西学院の神学部の学生だった時に、釜ケ崎、生野、東九条に出入りしていたキリスト者青年たちで、NCC関西青年協議会を創った。関西から東京に移る時にNCCの役員をやらないかと言われ、94年に書記になった。学生時代からずっとエキュメニカルな交わりの中で考え、支えられ、育てられてきたと思っている。

 この3月に日本バプテスト連盟の役職を降りて、6月から市川八幡キリスト教会に着任した。牧師を招くのは、教会員の充足のためではなく、福音を伝え分かち合うためだと役員たちと話し合い、福音を分かち合いたいと私たちが考える地域の人たちを招いて、牧師就任ライブを行った。教会が拠点となっているNPOは、20年間で600人を路上から生活保護につなげ、居宅にまでいった。周りにいるそういう人たちが来て、一緒の場になれる教会でありたい。そういうのがいいなという感じは、若い頃からNCCでずっと感じたり、味わったりしてきたものであり、そういうものをこれからも求めていきたい。(つづく)

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