《バイブル・エッセイ》「心は晴れる」そらのそら──「伝道者の書」とわたしNo.34

信仰生活

写真=牧野恭喜

《バイブル・エッセイ》「心は晴れる」そらのそら ーー「伝道者の書」とわたし その34


菅野基似(かんの・もとい)と申します。22歳です。ただいま、フリーター生活を始めました。というのも、ついこの間まで神学生として学んでいましたが、持病である「双極性感情障害」にやられ、学び舎から退く決断をしたばかりです。ここではそんな私のささやかな闘病記とともに、私の好きな「伝道者の書」のことばをご紹介し、ともに味わいたく思います。
それに加えて、まだ理解が進みきっていない「双極性感情障害」という病をご紹介し、少しでも誰かのお役に立てればと願っています。

第12章「あなたの若い日に」その1

歳を重ねるごとに老いていく

あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。
わざわいの日が来ないうちに、
また「何の喜びもない」と言う年月が近づく前に。
(伝道者の書12章1節)

さて、ついに最終章となりました。
人間はみな歳を重ねるごとに老いていくものです。私たちは、身体が健康だからこそ聖書が開ける、読める、教会へも行ける、そして、恵みのことばが聴けるのだと思います。
だからこそ、です。そんな貴重な時間を無駄にせず、心も老いてしまい、頑なになる前に創造者を信じてみてはどうか。──そんな伝道者の声が聞こえてくるようです。
私は右耳があまり聴こえません。しかし普段健康なはずの左耳が中耳炎になった時がありました。いつも左耳で音を拾っていましたので、そうなるといよいよ音が聞こえなくなる、そういう恐怖を味わったのです。中耳炎は治りましたが、老いるとは、まさにこのようなことかもしれない、と感じました。
歳を重ねるたびに身体のどこかが痛んだり、機能しなくなったりする。だからこそ今、ちゃんと音が聞こえるうちに確かなものを聞いておこうと思いました。

戦いの多い人生


そうです。若い日だからこそできることがたんまりあります。遊びも、学びも、仕事も、誰かを愛することもどれもこれもよいことです。だからこそ、その日々の中で「あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに」という主の御声に聞いてみる。これは決して無意味な選択ではないと思うのです。
それに、残された時間がたっぷりある若き日に創造者と出会い、神ありきの人生で残りの時間を過ごせるのなら、それはなお幸いではないでしょうか。今、主の御声を聞いたのなら、一歩踏み出してよいと思うのです。
私たちが生きているのは、戦いの多い人生です。ひとりではなく、神と共に生きる人生を早々に切り開いてみては、と伝道者は勧めているようです。

発達障害


最後にひとつ、あることを書きたいと思います。
私は小学低学年の頃から不登校でしたので、校舎の中でも奥まった端の方にある特別支援学級に行くことがありました。2、3人の子がポツポツいて、そして一人教師がいるような環境でした。特別支援学級にいる子とは大抵の場合、発達障害や自閉症などをもつ子でした。そして気の弱い子もいました。自分もそんな気の弱い子だと思っていたのです。

さて、時が流れ、ごくごく最近の話です。私は二週間ほど療養のために入院をしたことがありました。いつも診てくれている診療所の先生が入院施設のある病院を紹介してくれました。入院となればまず初めに担当医による診察があります。その診察中にお医者さんが同席していた母に尋ねました。「息子さんは子どもの頃どんな子でしたか?」と。
実は耳の手術を何度か繰り返し、そして不登校であったことなど、これまでの経緯を説明しました。すると、お医者さん、「一度、発達障害の検査を受けてみましょう」と言うのです。
退院後、発達障害の専門医がいる病院を紹介され、私はADHD(注意欠陥・多動性障害)、そして自閉症スペクトラム障害(ASD)であることがわかりました。

悩まされ続けて…


実は小学生の頃にも発達障害の検査を受けていたのですが、どういうわけかその時には診断は下りませんでした。そのため再検査までは踏み込んでいませんでしたが、この度、念のため再検査をした結果、そのような診断を受けたのです。私は当時の自分のことを気の弱い人だと思い、そして今やそれが肥大化して双極性感情障害に発展したと解釈していました。しかし、専門医の話を聞くとどうやら少し違うらしい……。
専門医に言わせれば、発達障害をもつ患者が他の病気(気分障害など)を合併することは高い確率であることだそうです。つまり、私は生まれもった発達障害の気質にずっと悩まされ続けて、二次障害として双極性感情障害を発症した可能性があるとのことでした。(つづく)

 

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