《レビュー》映画「眠る村」

  • 2019/2/7
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(C)東海テレビ放送 映画「眠る村」

《レビュー》映画「眠る村」

無罪判決から死刑に逆転した“名張毒ぶどう酒事件”の現場と司法の“ムラ”に嘱目

東海テレビのドキュメンタリー「司法シリーズ」の始まりは、1987年(昭和62)6月放送の「証言~調査報道・名張毒ぶどう酒事件~」という。三重県と奈良県の県境をまたぐ葛尾(くずお)の集落で1961年(昭和36)3月に公民館での懇親会で15人の女性たちに振る舞われた白ぶどう酒を飲み5人が死亡した事件。容疑者として逮捕された奥西勝(当時35歳)は、当初、犯行を自白したが公判が開始されると一貫して無罪を主張し続けた。一審では、証拠不十分として無罪判決。だが、二審から最高裁に至るまで自白重視による有罪・死刑判決が下された。東海テレビでは、この裁判の冤罪性を問い続け、「重い扉~名張毒ぶどう酒事件の45年~」(2006年3月放送)、「黒と白~自白・名張毒ぶどう酒事件の闇~」(2008年2月放送)、「毒とひまわり~名張毒ぶどう酒事件の半世紀」(2010年6月放送)、「約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯」(2012年6月放送、2013年劇場公開)、「二人の死刑囚」(2015年7月放送、2016年1月劇場公開)と、地道な取材を積み重ねてきた。本作は、この事件を追跡したドキュメンタリー作品第7作目にあたる。無罪を叫び続けた奥西勝元死刑囚は、2015年10月14日に獄中で89歳の生涯を閉じた。事件当時を知る葛尾の人たちも少なくなっている。取材班は、奥西勝元死刑囚の獄中死を葛尾の生存者たちはどの様に受け止めているのだろうか。そして、弁護団が科学的検証を基に証拠物件の不確実性を実証し10度に及ぶ再審請求を提出しても、自白重視による棄却の判断を示してきた裁判所。ドキュメンタリーは、一度の“自白”に眠るふたつのムラの姿を浮き彫りにしていく。

“あれ”のほかに誰がいるというの…

山道を葛尾に向かう取材班の車。葛尾の集落は、奈良県山添村側を「北葛尾」、三重県名張市側を「南葛尾」と呼ばれている。事件当時、よく交流していた二つの地域だが、事件後は没交渉になった。奥西勝が獄中で亡くなったことに感想を求められた91歳の女性は、「ようやく死んでくれた。(やったのは)あれしかいない」と率直に語る。その言葉の裏には、幾度も続いた再審請求で、事件が掘り起こされ村がなかなか落ち着かなかったことへの思いも伝わってくる。事件当時いた人たちは、マイクを向けられると異口同音に「はやく片付いてほしい」と本音を漏らす。

事件が起きた当時、多くの村人たちが警察の事情聴取や取り調べを受けた。事件から6日後、奥西勝が逮捕された。この事件で自分の妻と愛人の二人を亡くしているが、警察の取り調べでは「三角関係を清算するため」と動機を語り、自白し、記者会見まで行った。だが、逮捕後は「自白は警察に強要された」と否認し、公判では無罪を主張し続ける。奥西勝の嘘の自白の背景には、連日14時間も取り調べが続いた厳しいものだった。その厳しさは、懇親会会長だった奥西楢雄も白ぶどう酒を一時自宅に預かった証言などから厳しい取り調べを受け自白しそうになったという。その経緯は顔写真入りで新聞報道された。

奥西勝が逮捕されると、なぜか警察に証言した村人たちの証言内容が、奥西に不利な内容に変わっていく。昼過ぎに購入されたぶどう酒が、なぜか夕方に変わった。検察が提出した物証は、奥西が犯行10分前にぶどう酒の王冠を歯で噛んで開けたとされる王冠に着いた歯形一つだけ。地方裁判所での第一審では、変更された証言の曖昧さや物証の不確実性などから無罪判決。だが控訴審では、「自白は信頼できる」として有罪・死刑とする逆転判決。奥西勝自身の4回の再審請求が却下されたのち、事件から16年目に弁護団が結成され、奥西の歯形と王冠の傷が一致しないこととともに鑑定写真がねつ造されたものであることを突き止めて再審請求したが、“自白の信用性”を理由に棄却された。以後、“自白の信用性”は、弁護団の科学的な実証を退け、司法も村人たちも意識を変えることなく“眠る”…。

(C)東海テレビ放送 映画「眠る村」

再審請求は実妹に引き継がれる

奥西勝は、戦争に徴兵されたが戦地へ赴くことなく終戦を迎え、戦後は鉄道会社に就職した。21歳のとき結婚を機に退職し、葛尾に帰り二人の子ども授かった。しかし、奥西勝の家は分家筋。村ではほとんど発言権はなく、友人もほとんどいなかった。逮捕後、自白を翻したことで、母タツノや二人の子どもたちは村八分に遭った。奥西勝の無罪を信じる母タツノは、葛尾を離れ転々としたが、奥西勝が収監されている名古屋拘置所には、養女に出した勝の妹に付き添われて慰問していた。奥西勝も、母妹の慰問を心の支えにしている日記を認(したた)めている。その母タツノは事件から27年後に84歳で他界。二人の子どもたちも、それぞれ親戚に引き取られ成人していった。19歳で親戚へ養女に出された実妹(86歳)に再審請求権は引き継がれた。王冠の証拠の不確実性や使用した毒薬は赤く着色されているのに白ぶどう酒が使われているなど様々な問題点を科学的に実証し、自白が供用されてあものであることを主張してきた弁護団。2017年12月、白ぶどう酒の王冠に巻かれた「封緘紙(ふうかんし)」が一度剥がされた後に糊付けされている問題点を科学的に証明し、第10次再審請求を行った。司法判断は如何に…。

日本では警察・司法ににらまれたら終わりなのか…

犯罪者とされた家族は、住居や職業を変えるなど様々な影響を受ける。母タツノは、先祖代々の墓を掘り起こされて畑の真ん中に異動させられたり、村には住めない情況に追い込まれていく。実妹も事件後は、息を潜めるようにして暮らし、庭の祠や神社仏閣を見れば兄の無罪を祈り続ける。だが、「やっていなければ自白するはずがない」という意識や「自白の信用性」を根拠とする厳しい取り調べがいまも続いている。狭い取調室で長時間に及ぶ取り調べが長期続く。取り調べ中は弁護士の同席はなく、朦朧としていく情況の中で執拗な質問が繰り返されるのであろうか。最近も長期間拘束され、弁護士の同席無しで長時間取り調べを受けている外国籍経営者の事案が国際的に問題視されているが、日本では、警察ににらまれて取り調べを受け、長期間の拘禁状態で一度でも自白して帰宅したいと思う誘惑に負けると、司法も自白重視を貫くのだろうか。それは、司法への信頼性を損なうだけに終わる姿勢ではないのだろうか。

だが、本作の取材班は、葛尾の伝承や地域の文化を伝えながらも、村人たちの心のおおらかさや弱さにも目を向けている姿勢に、攻め入るのではなく耳を傾ける信頼関係を垣間見せられtるようで人権を守ることは人間同士の温もりを忘れてはいけないことを感じさせてくれる。 【遠山清一】

監督:齊藤潤・鎌田麗香 2018年/日本/96分/ドキュメンタリ一 配給:東海テレビ放送 2019年2月2日(土)よりポレポレ東中野にてロードショーほか全国順次公開。
公式サイト http://www.nemuru-mura.com
Facebook https://www.facebook.com/tokaidoc.movie/

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