《心の平安》ボロボロの自分を神様が愛しておられる

  • 2019/1/18
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ボロボロの自分を神様が愛しておられる

精神科医 堀江通旦

私は自分の仕事柄、いろいろな理由で心の平安を失った人たちと出会うことがしばしばありました。カウンセリングの専門家たちも、あくまでも仕事として他人の問題に立ち向かっているときは、通常、自分からは切り離し客観性を保ちながら課題に取り組むことができますが、もし何らかの形で自分の問題となると、そう簡単にはいきません。そのうえ、人間関係の問題が絡まっている場合には事態はさらに深刻になりかねません。

当時、新進の専門医として開業していた私の仕事は急速に増えていきましたが、経験の浅い私にはどこに終止符を打てばよいのか皆目見当がつきませんでした。私はドイツで精神科医の専門教育を終えた後、その地で開業したのですが、「果たして、外国人の私にこのような仕事ができるのだろうか」という不安が心の奥底に潜んでいました。しかし、不安を持つことは恥だという観念のほうが強く、どんなに不安が頭をもたげてきても、すぐに私は無意識にそれを抑圧しました。ですから、仕事が忙しければ忙しいほど、逆に安心感も増し、自己満足もあったに違いありません。

小さな二人の子どもを抱え、老いていく母親の世話をしながら、一人で家事を切り回していた家内は、私の健康を気遣うとともに、折あるごとに自分のためにも時間を割いてくれと頼みましたが、週日にはとてもその時間を捻出することができませんでした。冗談半分に「あなたとは予約を取らないと話せないのね」と言っていたくらいです。

ついにその日がやってきました。疲弊困憊していた私はある夜、ひどい不安に襲われました。それまで、自分のことは自分で処理するのが夫として、また父親としてとるべき態度だと信じていた私は、初めて自分の弱さを彼女の前に吐露したのです。軽蔑されても仕方がないと思っていた私を、彼女は固く抱きしめて言いました。「やっと、正真正銘のあなたに出会えたわ。うれしい。これからは何でも私に話してください」

表向きは人の前にも神の前にも落ち度のないようにと努めてきたつもりでしたが、ボロボロの自分を神様が愛しておられることを実感したのはその瞬間でした。私の祈りが神様との交わりに変わっていったのもその時からです。(月刊「いのちのことば」1月号掲載)

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