《特集》キリスト者の終活とは

信仰生活

《特集》キリスト者の終活とは

1 キリスト者の終活とは

「いつかくる自分のこの地上の終わりを見据えて、これまでの人生を振り返り、そこに神の恵みを見つけ、残された日々をより有意義なものとすること。」

現在、たくさんの終活の本とエンディングノートが出版されています。しかし、どの本を取ってみても、だいたい同じ内容になっています。葬儀社の人が話す終活は葬儀について、法律関係の人が話す終活は財産の整理について、老人施設、病院関係の人が話す終活は終末医療が中心になるかと思います。それぞれの分野があります。そのすべての分野を網羅することはできませんが、私がお伝えしているキリスト者の終活は、聖書の価値観を基盤にして、自分の人生をまとめていくことに焦点を当てています。
キリスト者の死生観は、この地上においていのちは神さまから与えられた、限りあるもの、そして、死後は神さまの用意してくださったすばらしい御国に移される、ということです。ですから、死は終わりではなく、永遠のいのちへの通過点であると考えます。ちょうど、ドアを開けて隣の部屋に行くようなものです。決して死が終わりではありません。
それでは、この世を去るまでに何ができるでしょうか? 神さまが私たちを置いてくださったこの地上を去る備え、与えてくださった残りの生活の整理、この世で幸いに生きたことの証しを残すことができます。そのためには準備が必要です。

クリスチャン・エンディングノート ブルー
水野健:著 112頁 1800円+税 いのちのことば社

2 実際にエンディングノートを書くことは簡単ではない

近年、多くのエンディングノートが出版されていますが、実際に購入した9割の人が書いていないと言われています。それはなぜなのか、考えてみたいと思います。

  1. 自分はすぐには死なないと思っている
    近年の医療の発展はすばらしいものです。病気になっても治療できる場合も増えてきました。すぐに死を宣告されることが減ってきたので、死と向き合うことが難しくなっているのかもしれません。高齢の親が子どもたちに、「お父さんはそう長くないから」「お母さんもいつ召されても、いい歳だからね」とよく言います。では、本当にそう思っているのかというと、必ずしも真剣に考えているわけではありません。
  2. 書く機会を逃してしまう
    現在は、最期を迎える場所のほとんどが自宅ではなく病院です。介護が必要になると介護施設に入ります。病院、施設では生活が管理され、ベッドに横になる生活になります。書き物をする机もないし、書こうとする気力を失ってしまいます。そのような状況だと、ノートを書く機会自体がなくなってしまうのです。
  3. 家で静まる時間をもつことが難しくなっている
    多くのご家庭では日常的にテレビがつけられ、若者はどこに行っても音楽を聴いたり、携帯やパソコンの画面を見たりしています。いつも何かの音が、私たちの周りに流れているのです。そのような環境では、心を静める時をもつことが困難です。
  4. この地上の責任について疎くなっている
    キリスト者は、キリストの贖いによって天の御国に移されることを信じています。しかし、移される御国に心が向き、この地上での働き、任せられたものに、無関心になってしまうことがあります。主から預けられたものを、自分が去ったあと、遺族にすべて任せるのは無責任と言えないでしょうか。

3 エンディングノートを書くにはさまざまな力が必要

一般の本では、終活には気力・体力・判断力の3つの力が必要だと言われています。しかし、この3つだけでは限界があります。
物の整理には、「思いきり」。心の整理には、「静かな場所と静まりの心」。財産の整理には、調べるための「根気」。葬儀の準備のためには、「想像力」。愛する人に最後に伝えたいことを書くには、「覚悟」が必要です。

  1. 静まりの心
    エンディングノートを書くためには、「静まりの心」が求められます。心と体は影響しています。体をリラックスする最も早い方法の一つは、呼吸を楽にすることです。体を楽にして、ゆっくり深い呼吸にしてみましょう。そうすることによって、思い煩い、心配から抜け出ることができます。心がリラックスしていると、過去の良かった事柄を思い出します。体が緊張しているとどうしても、後悔していること、悪い事柄を思い出します。人生の振り返りを聖霊に任せてみましょう。過去の良い思い出、意味あること、自分が変えられたこと、感謝なことを心から汲み出すことができます。
    楽しかったこと、感動したこと、失敗もあったでしょう。そこに神がおられました。すべてのことを働かせて益に変え、私たちを愛してくださっている父なる神と、私たちを導く主イエスさまがおられます。そして、私たちを助ける聖霊が導かれます。その神の交わりの中に入り、神が与えてくださる思いに任せていくのです。多くの恵み、感謝を見いだすことができれば、「生きてきてよかった」と思えるでしょう。
  2. 想像力
    自分の葬儀を自分で準備するには、想像力が必要です。一般には、「縁起でもない」と、死のこと、葬儀のことを考えるのを避けてしまいがちです。しかし、私たちにとって死は、永遠への入り口です。決して悪いもの、恐れるべきものではありません。
    ですから、神が与えられたこの世での生が終わるとき、死を受け入れ、それを許すことができます。そうすることで、自分の死と葬儀を想像できるようになるのです。キリストの贖いによって永遠のいのちが与えられたことにより、私たちは、いつか必ず来る死を、嫌な敵ではなく、親しい友として受け入れることもできます。
  3. 覚 悟
    特に、愛する人への言葉、葬儀に来てくださった人へのあいさつは、その場で簡単に書けるものではないでしょう。書く時を決めて、「今日は書くぞ」という覚悟をもたなければ書けるものではありません。愛する人へ言葉は、あくまでも感謝の言葉を書きましょう。遺された者の重荷とならないような内容にしましょう。
  4. 人生をまとめる統合する力を用いる
    歳を重ねるにしたがい確実に体力、知力が衰えてきます。しかし、唯一備わってくる力があるのです。それは、人生を振り返りまとめるという力、統合する力です。
    若いときに経験したことを振り返り、そこに今まで見いだせなかった意味、意義を発見するのです。若いときの経験は、そのときには気がつかないのですが、振り返ってまとめてみると、そこに神さまがなしてくださったことの恵みを感じます。それが、その人の深みとなるのです。ちょうど食物が熟成してうまみを増すように、味わい深くなるのです。
    この統合する力を、これまでの人生の振り返りに用いるのです。人生をまとめていくと、過去から力が与えられます。そして、残された日々をさらに有意義なものとすることができるのです。
    さあ、エンディングノートに進みましょう。書けるところから、まず書いていきましょう。覚悟が必要なところは、自分で「この時に書く」と決めておくのもいいかもしれません。
    呼吸を整え、心を静めて、祈りで始めましょう。

「私の杯は あふれています。」   詩篇23篇5節

あなたの人生は、豊かな神さまからの恵みとあわれみといつくしみでいっぱいに満ちています。(本書より一部抜粋)

クリスチャン・エンディングノート ガイド付
水野健:著 48頁 900円+税 いのちのことば社