《福島》汚染土再利用問題 教会と地域が動いた

  • 2019/6/14
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《福島》汚染土再利用問題

教会と地域が動いた

「除染後の汚染土を再利用して資材にする」。東京電力福島第一原発事故後、放射線量が下がった地域に再び不安をもたらす事態が各地で起きている。そのような中、昨年福島県二本松市では、汚染土を再利用する道路舗装計画が、住民の反対の声で撤回された。「再利用」賛成が大勢だった住民の中で、一人の牧師が声を上げ流れが変わった。何が牧師、住民を動かしたのか。5月末に二本松市の単立・福島ベテル教会の金基順(キム・キスン)牧師を訪ねた。【高橋良知】

 最大で2千200万立方メートル。福島県内で発生した汚染土の処分は困難を極める。国は「中間貯蔵開始後30年以内の福島県外における最終処分」を決めているが「実現性が乏しい」として、汚染土を一定の処置の後に「再生資材」として利用する方針を2016年に打ち出した。対象は全国。一部で実証実験が始まっている。福島県外の汚染土は30万立方メートル。これらの処分の問題もある。汚染土処分問題は、全国で考えなくてはならない課題だ。

放射能汚染はすでに起きたこと

 JR東北本線杉田駅から車で約5分。山間の田園風景の中に、点々と家屋が見える。丘の中腹にあるベテル教会から、山側に進むと、ロープを張った空き地があり、奥にフレコンバックが積まれていた。震災後、付近から集められた汚染土だ。頑丈そうなビニールで覆われていた。近くには温泉地があり、「早く汚染土を処分してほしい」という住民の声がある。「原発の爆発、放射能汚染はすでに起きたことで避けられない。しかし、汚染土の再利用は、私たちの手で止められること」と金牧師は言う。

 以前所属していた団体を通じ、08年から福島県で伝道師として奉仕していた。夫は東京で働き、週末だけ戻ってくる。東日本大震災発生後、県外に逃れるか、とどまるか悩んだ。「『福音のため残った』と言えば格好いいが、それだけではなかった。当時柴犬のハッピーを飼っていて、自然のあるところで暮らしたかった。私たちは子どもがなく、ハッピーは家族のような存在だったのです」

 「長らく主婦をしていたが、神様の偉大さに触れて、従わざるを得ない状況になり、伝道者となった。神様は福島に目的をもっていると思う」

 さらに「福島に来て、イエス様の愛を初めて知った」と話す。「人が、イエス様に出会う喜びを見た。私は母胎信仰だったので、そのような喜びを経験していなかった。私にとって、福島に来て、初めて、イエス様との人格的な関係ができたのです」

 震災直後、避難などで、残った信徒は一人。学びの必要を感じ、オンラインで韓国の神学校で学び、大韓キリスト教会長老教会総会で按手を受け、14年からベテル教会の牧会を始めた。

 信徒は病気や、放射能への恐怖など、様々な弱さを抱えていた。「人の言葉ではなく、神様の恵みが必要。そのためには、賛美がいい」と、オンギジャンイ賛美宣教団を15年から毎年教会に招いている。「メンバーは若者が多い。福島に来ることも、親の反対を押し切って来てくれた」。そのように教会の働きが動き出していた昨年、近所の女性から汚染土再利用のことを聞いた。「危険じゃないと言っても外の人はどう見るか。神様の造られた自然を守る必要と同時に、オンギジャンイが来られなくなるという思いもありました」

写真=古民家を改装した教会堂

福音の門が開いている

 昨年4月の「報告会」では、すでに地区住民は賛成でまとまろうとしていた。金牧師は、最後に意見を述べた。周りの人たちの顔色は変わった。「去年から話してきた。なんだ今更」。

 「その夜は、眠れなかった。もうここで牧会ができないんじゃないかと」。翌朝、いつも散歩で出会う人たちが顔を背けた。

 「しかし、神様は生きておられます」。「みんなでつくる二本松・市政の会」などの民間団体が励ましてくれた。環境省職員や市の職員を交えた説明会を繰り返す中で、様々な疑問の声が上がった。「災害が発生して道路が崩れれば、汚染土がもれることは十分ある」。子をもつ女性たちなどから、一人、二人、反対を表明する人が現れた。署名は5千筆集まった。「信徒も驚くほど動き、多くの署名を集めた。信徒の一体感があった」と言う。

 NHK福島放送局など各メディアも注目。市長とも個人的に話し合うことができた。「日本全体が世界からバッシングをあびる。人口も減る。問題は一つ、二つではない」。説明会や各地で繰り返し語った思いを話した。市長は、「心配しないでここに住んでください。国の道路ではなく、市の道路だから、私が止める」と約束したという。実は舗装計画は、前市長の任期末期に決められたことだった。

 計画撤回が発表された昨年6月末、オンギジャンイが滞在中だった。ニュースを見て「来年も来られる」と喜び合った。

 「問題は終わっていない。飯舘村では汚染土を埋め立てて、試験農業が進められている。南相馬市でも計画があり、署名運動など、住民らが立ち上がっている。環境省の人に『中間貯蔵施設周辺に土地がないのですか』と質問したが、『ある』と言う。中間貯蔵施設に汚染土を集約するよりも、各地で再利用する方が安いと言うのです」

 「何よりも感謝なことは、福音を伝えるための門が開かれたこと」と話す。運動を通して出会った人と交流が深まり、聖書や信仰の話をしている。二本松市で放射線アドバイザーも務める、放射線衛生学者の木村真三さんには、今年のイースター礼拝に来てもらい、放射線についてセミナーをしてもらった。地域には様々な利権が絡むが、地区住民との日常の付き合いは回復している。福音に関心を持つ人もいる。「神様には無駄がない。震えていた者の『主よ従います』という小さな叫びをあわれまれた。それを今日も体験しています」

“主のあわれみ”で癒され動く

 二本松市原セ才木。かつて内村鑑三が祈ったとも言われるこの地域は、のどかな田園地帯だ。田んぼを見下ろす高台に、福島ベテル教会がある。庭石や手入れの行き届いた花々の庭で囲まれている。「夏は田んぼが緑のじゅうたんのように広がり、秋は黄金の波、冬は雪景色(寒いですが)。毎朝、ここで田んぼを眺めながら祈っている」と金牧師。会堂は、古民家を改装し、旅館のような落ち着きだ。照明や絵画、小物も味がある。

 「初めて丘に足を踏み入れたとき、平安を感じた」と言う。「以前は、普通の住宅で活動していたが、オンギジャンイを呼ぶことが決まり、演奏ができる会堂を探した。元々、別荘だったようですが、家主の都合で急きょ安く売りに出て購入できた。部屋数も多く教会学校もできそうです」

 当時、人間関係で行き詰まりを感じていた。「まず自分自身が主の恵みを得て癒され、いのちを与えられるようにならなければいけなかった。傷ついた人とも出会う。エリヤがパンと水でいのちを吹き返すように、この時代にも救われる人々がいる。たくさんの人が集まるというよりも、本当に主に出会って幸せになる人が、一人でも二人でもいたら、やりたいという覚悟で牧会しています」

 オンギジャンイの紹介のために、福島市周辺の教会で集まるふくしま教会復興支援ネットワークの会合にも出て、交流を広げた。「福島では、一人では抱えきれない大きな問題をみな背負っている。多く方が共に祈り励まされています」

 昨年は、夏に犬のハッピーが亡くなった。「夫は平日東京にいて、ハッピーは家族のような存在。言葉に言い表せない悲しみがあった」。夫は英語、スペイン語が堪能だ。近隣に幼稚園や小学校があるが、夫が引退したら、子どもたちの居場所にできる働きができればとも話している。

 金牧師は、繰り返し「主のあわれみ」を語った。「こんな者が救われるだけでも感謝だが、伝える役割も与えてくれた。主のあわれみしかない」と言う。「明日イエス様が来られてもおかしくない。『私があなたを愛していたことを、あなたが知ってくれて、ありがとう』とおっしゃると思う。私たちが愛するわけではない。しくじって、罪を繰り返し、泥だらけの私たちをあきらめないで、愛してくださる。だから『私も愛します』。この告白の延長線上に牧会があり、自然を守る使命があると思っている。そんなに立派なことではないんです」

 「主に従う者がいて、そこに主の臨在が現れる。主の主権、統治に従う者がいるなら、そこに神の国がある。私が毎日願っていることは聖霊の支配。私の思い、全存在をすべて支配していただきたい。それは縛るものではなく、神の思いが全存在に降り注ぐことです」

リアルな主との交わりその先に神の国がある

「草むしりをしながらイエス様とお話する」と話す。「お花一つひとつ違う。すごい喜びがある。雑草を抜いたり、病気に気づいたら薬をまいたり手入れしている。『ああ、このように主が私を見ておられるんだな』と気づかされます」

 「いちばんの恐れは、主が無言の時」と語った。「それは、私が従うべき時に従わなかった時。『聖なる御霊を私から取り去らないでください』(詩篇51篇11節)というダビデの祈りがよく分かります」

 今後の福島ベテル教会についてこう語った。「神様がのぞむとおり、動かされる教会となっていきたい。かたちは分からない。神様に従う、牧師、信徒でありたい。『洗礼を受けたら、天国に必ず行ける』のではない。洗礼は自分が死んだ証明。自分の欲望やビジョンでなく、イエスが望むことに毎日従っているか。そのままでは、天国に行っても居心地が悪くなり、自ら暗いところにいってしまう。養育、訓練が必要です」

 「宗教生活ではなく、リアルなイエスとの関係をもってほしい」と願う。「そこから平安、喜び、いのちがあふれ、地の塩、世の光となり、その先に神の国がある。自分の努力では化けの皮がはがれる。私も訓練中。しくじりながらの毎日でも、悔い改めて告白すると、主がゆるしてくださる。ただただ天のお父さんのあわれみ、神様の娘の特権だと思います」
(クリスチャン新聞オンラインより)

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