《試し読み》「異邦人」発売40周年『ふたりの異邦人』

  • 2019/1/11
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1th アルバム「夢がたり」
(提供:ソニー・ミュージックダイレクト)

ふたりの異邦人 久保田早紀*久米小百合 自伝

音楽伝道者 久米小百合

ザ・ベストテン

ヨーロッパ旅行から戻ると、そこにあったのは待ったなしの曲作り。すでに完成していた「異邦人」や「夢飛行」以外にも、曲のアイデアを走り書きしたメモが書き散らした状態でそのままになっていた。後回しにしていた宿題の山を思い出した時のような憂鬱な気分だ。

それでも、なんとかヨーロッパ旅行の感動をそのまま曲にしたいと、ピアノに向かって歌ったり弾いたりしながら試行錯誤を繰り返し、少しずつメロディがつながっていった。巧く作曲することなどできないのだから、せめてあの風景を思い出しながら五線譜にスケッチをしてみようと、まずは写真屋から焼き上がったばかりのお気に入りのショットをアルバムに貼っていった。紙焼きされた絹目の写真を眺めながら、憧れだった〝永遠の都〟ローマや朽ちた遺跡がロマンチックだったアテネ、時間の止まったような午後のトレドの街を、私は幾日も幾日も思い出していた。

そして、そんな旅の思い出は、ついにファーストアルバム「夢がたり」となった。レコーディングはCBSソニー信濃町スタジオで連日缶詰めで行われた。当時設備的に東洋一と謳われたこのスタジオに来るまで、レコーディングというものはオケ(オーケストラ)もボーカルも一緒に録音されるものと思っていた。ところが、まず楽曲の基礎となるリズム楽器、旋律を担うギターや鍵盤楽器から録音し、次に弦や管楽器をかぶせていく「ダビング」という作業が幾度も行われて、壮大なオーケストラのような音色に作り上げる。つまり、ミュージシャンたちが音入れする「オケ」、もっと言えば「カラオケ」をゼロから作る作業は、絵に例えるなら、鉛筆の下書きの上に絵の具がぬり重なっていって全景が姿を現すような感じだ。何しろ私はそれまでアマチュアで、レコーディング風景なんて見たことがない、というよりレコーディング・スタジオなんて出入りしたこともないのだ。何とも勉強不足で恥ずかしいかぎりなのだが、アーティストの人たちは一回勝負のライブ録音をしているのだと思い込んでいた。

そんなわけで、このレコーディング作業は、見るもの聞くものすべてが新鮮だったし、私にとっては最も興味深く心踊る時間だった。もしかしたら、ライブやテレビ出演も免れてレコーディングだけしていられたのなら、「久保田早紀」は引退していなかったかもしれないなぁ……。

このアルバム「夢がたり」がリリースされたのは一九七九年十二月だったが、正式なレコードデビューはその約二か月前、シングル「異邦人~シルクロードのテーマ」(B面「夢飛行」)が先行発売された一九七九年十月一日だった。

「異邦人」は三洋電機の大型カラーテレビのCMタイアップ曲で、レコード発売後すぐにテレビコマーシャルで流された。

シルクロードを思わせる乾いた砂の道を、頭上に壺を載せて歩くアラビア風の女性、そこに砂漠を疾走する白馬の馬車が近づいてくる。アフガニスタンで撮影されたオリエンタルムードあふれる映像をバックに、「異邦人」のイントロ、サビが流れた。「シルクロードのテーマ 異邦人」というテロップ、そのあとに「大きな世界、大きな画面……」というう大型テレビの商品コピーが続く。

自分の歌がテレビから流れてくるのは何とも居心地が悪かった。ボーカリストとしてはちっともうまくない。レコーディングの歌入れも、百回近く歌ってようやくOKというありさまで、自分の実力のなさを思い知らされていた。華々しいデビューどころか、この先どうなるのか、いくら考えても答えも出ない、ぼんやりした気持ちだった。

本当はアルバムからのシングルカットといきたいところだったのだが、何しろ「異邦人」ありきで進められたのだから、シングル先行は仕方がなかった。全国でテレビCMが流れるようになると、「あの歌は誰が歌っているの?」「『異邦人』っていうのがタイトルなの?」と、大きな反響が広がった。ヒットチャートにも入ってくるようになり、その順位はどんどん上がっていった。そして、オリコンのベスト四十位以内にランクインした時に、なんと! テレビの音楽番組に出演する話がきたのだった。

当時は、「ザ・ベストテン」「夜のヒットスタジオ」「レッツゴーヤング」「ミュージックフェア」など、テレビは音楽番組花盛りだった。それまで一視聴者として自宅の茶の間で気楽に眺めていた人気番組、その番組に自分が出る? 「無理無理! それ、無理ですから!」というのが本心で、できることなら逃げ出したかった。

当時、ほとんどの番組は生放送で、当然口パクなんてありえない。小さな学校の教室でしか歌ったことのない私が、テレビ出演なんてできるわけがない。ところがCBSソニー側では、テレビ出演の宣伝効果に期待していた。幸か不幸か「異邦人」は連日売り上げを伸ばし、ヒットチャートも四十位から三十位くらいに順位を上げるかもしれない……。そして、あれよあれよという間に「夜のヒットスタジオ」での生出演、「ザ・ベストテン」には「注目の一曲」として出演する、ということが決まってしまった。

ほんの数か月前までは短大生だった無名の新人・久保田小百合は、「久保田早紀」というアーティスト名で、世間という荒波にあっという間に押し出されていった。……

<もくじ>より 抜粋

●第一章より
ビートルズを弾いてみたい  なんちゃってシンガーソングライター  ユーミンに夢中!  投函したカセットテープ
●第二章より
「異邦人」誕生  ザ・ベストテン  芸能界の〝異邦人〟
賛美歌を聞きたい!   ザ・スクエアの大ちゃん
●第三章より
久米小百合として  夫婦それぞれの音楽  神学校へ
新しい仲間たち  死海のほとりで
●第四章より
母になる  幼稚園から始まったバイブルカフェ  息子の反抗  「あの人は今」 3・11
●あとがき〜旅の相棒へ 久米大作
●ディスコグラフィー

『ふたりの異邦人 久保田早紀*久米小百合 自伝 』
著者:久米小百合 四六判:ソフトカバー
240頁+8頁カラーグラビア(ディスコグラフィーとポートレート)
定価(本体1,800+税)

 

 

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