《連載小説》奴隷商人から神の僕に〔第17話〕

  • 2019/10/14
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賛美歌「アメイジング・グレイス」を作ったジョン・ニュートンの生涯

第17話

栗栖ひろみ・作

プロフィール 1942 年、東京生まれ。早稲田大学卒業。80 年頃より、主に伝記や評伝の執筆を続ける。著書に『少年少女信仰偉人伝・全8 巻』(教会新報社)、『信仰に生きた人たち・全8 巻』(ニューライフ出版社)他。2012 年、『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞受賞。15 年よりWEB で中高生向けの信仰偉人伝を連載。ICU(国際基督教大学)教会会員。

「私は罪人の頭です」

 オウルニイという町は、ロンドンから北西に100キロほど離れた所にあった。人口はおよそ2000人である。住民は主として大工や鍛冶屋など貧しい職人が多く、中でもレース刺繍で生計を立てている人々のうちには、生活苦から「救貧院」の世話になる者もいた。産業革命の影響から、工場などで機械化が進み、手工業で行うレース刺繍などは機械を使って安く大量に生産されるようになった。そのため、手工業で生計を立てていた者は職を奪われ、貧困のどん底であえいでいたのである。
 また、この町は宗教的にきわめて特異な町だった。まず、清教徒と呼ばれる一派が住んでおり、彼らは英国国教会と対立し、中には自由を求めてアメリカに移住する者も数多くいた。次に、ウェスレーが始めたメソジスト派の信徒も多くおり、彼らは英国国教会から離れて信仰を守っていた。

 ニュートンがこの町に来ると、住民たちは諸手を挙げて歓迎した。ニュートンはあらかじめこの町の特色をのみ込んでいたので、さまざまな宗派の人々に対して理解を示し、教会に来る人々を分け隔てなく温かく受け入れた。
 さて、セントピーター・アンド・セントポール教会に赴任して最初の聖日、ニュートンが行った説教はとても変わっていた。
 「先生は初めて牧会をしなさるそうだが、ダートマス伯爵じきじきのご推薦だから、たいへんに優秀な方だそうだよ」
 「どんなお話をしてくださるか楽しみだ」
 教会員は期待に目を輝かせて待ち受けた。ところが、この新しい牧師はまるで神の審きの座に引き出されたかのように身をこごめ、頭を深く垂れて聖書を読み上げた。

  「主よ、わたしは深い淵からあなたに呼ばわる。主よ、どうか、わが声聞き、あなたの耳をわが願いの声に傾けてください」(詩篇130章1、2節/口語訳)

 そして、語り始めた。
 「わたしは、このオウルニイの地に導かれて初めて教会で説教するにあたり、たった一つのことしか語るまいと固く決心してまいりました。それは、この世の中に自分ほど罪深い人間はいないということ。自分こそ罪人の頭であるということです。それから、それにもかかわらず、神様はこの罪人をあわれんで何度も死の淵から助け出し、驚くべき恩寵をもって恵みの高嶺に引き上げてくださった―—ということです」

 前列にいた男性の教会員は少し失望したように首を振った。しかし、ニュートンはかまわず続けた。

 「わたしは幼くして母を亡くし、父は再婚して新しい家庭を築いたので、いつも寂しい思いをしていました。また、早くから寄宿学校に入れられ、厳格な校長からしごかれ、打ちたたかれ、無能呼ばわりされました。そういうこともあって、わたしの性格は根っからひねくれ、悪意に満ち、人を困らせ、神を冒瀆することばを吐き散らし、町に出ては悪いことばかりしていました。
 それでありながら、わたしはひどく臆病者で、いつも逃げ出すことしか考えませんでした。海軍から逃げ、まともな仕事から逃げ、手を差し伸べてくれた父親やその友人をも避けて逃げ回りました。
 成人してからも、この性格は改まることがなく、自堕落な生活をし、酒におぼれる毎日を送るうちに悪魔の罠に陥ってしまったのです。わたしは金欲しさに、ここではとてもお話しできないようなあさましい商売に身を投じて、神も顔を背けられるような、泥沼の人生を送ることになりました。ですから、何度でもこう言いたいのです。『わたしこそ罪人の頭であります』と」

 ここでニュートンはことばを切って、天を仰いだ。その目から涙があふれ出して頬を伝った。
 「こんなわたしの上に、神様は驚くべき恩寵を注いでくださったのです。泥沼に沈み、あえいでいたわたしを、神様は幾度も幾度も危険から救い出し、まともな職業に就かせてくださいました。何より不思議だったのは、何人かのクリスチャンの友人と出会わせてくださり、イエス・キリストの救いの奥義を学ばせてくださったことです。
 いちばんひどい罪人がいちばん大切にされ、愛されるとはなんと不思議な恵みでしょう。『罪の増し加わったところには、恵みもますます満ちあふれた』(ローマ5章20節/同)と聖書に書かれています」

 会衆は戸惑ったように互いに顔を見合わせた。今までにこんな説教をした英国国教会の牧師はいなかったからである。しかし、彼らは心打たれた。
 「愛する会衆のみなさん!」
 最後にニュートンは力強く語った。
 「こんな、救われるはずもない罪人の頭が救われたのですから、ただ一人として恩寵からもれる人はいないのです。そのことを信じてください。そして、希望を失わないでください。
 昔、わたしの乗った船が嵐で沈みそうになった時、イエス・キリストは船の先端に立っておられ、『恐れるな』と声を掛けてくださった。今も同じようにイエス・キリストは、わたしたちの沈みゆく人生の船に下りてきてくださり、共にいてくださるのです。イエス・キリストはきのうも、今日も、これからも変わりなく、わたしのような罪人を探し求めて歩いておられるのです。栄光がわれらの神の上に代々限りなくありますように」

 説教が終わると、全会衆は立ち上がり、口々に神を賛美した。このようなことも、この教会が始まって以来のことであった。
 「それにしても、いったい牧師先生は昔どんな仕事をなさっていたんだろうねぇ」
 教会員のある者たちはささやき合った。
 「わからないけど、多分、金貸しか、下水道の汚物処理か、もしくは屠殺場で働いていたか―まあ、そんなところだろうね」

牧師としての充実した日々

 こうして、ニュートンの聖職者としての日々が始まった。セントピーター・アンド・セントポール教会の牧師として、日曜日には朝と午後2回の礼拝を行い、平日には牧師館で教区民のために聖書の講義を行った。彼は、どんな人にも理解できるような易しいことばで聖書の解説をした。特に例話を使い、身振り手振りで話をしたので、どんな学問の無い人も喜んで講義を聞きにきたのだった。

 ニュートンは、大人だけでなく子どものための聖書教育も熱心に行った。彼は、教育に恵まれない子どもたちを集めて聖書を読み聞かせ、彼らを楽しませるような物語を作って聞かせたりした。
 「子どもの柔らかい心は何でも吸収します。悪い遊びや習慣が彼らを捉える前に、神の愛をその心に注いで安定感を与えなくてはなりません」
 ニュートンは口癖のようにこう言っていた。彼は自分から町に出ていき、子どもを見かけると教会に招いた。そして、牧師館の中でおもしろく聖書物語を語り、ある時には紙芝居を作って見せることもあった。聖書の勉強が終わると、ニュートンは彼らにお茶と菓子をふるまった。オウルニイでも入退院を繰り返していた妻のメアリーが帰宅を許されて戻っている時には、彼女が心をこめて焼いたケーキに、皆、大喜びだった。

 「先生、うちの子どもは前は悪い仲間と一緒に町をうろついてスリをしたり、人をゆすって金を取ったりと、それはもう頭を悩ましておりましたが、最近は先生のお話が楽しくて、友達を誘って教会に行くようになったのでございますよ。本当にありがとうございました」
 貧しいレース職人の夫婦は涙を浮かべてこう言うのだった。
 子どものための集会が軌道に乗ってくると、彼は平日の午後、特に貧しい家や病人を抱えている家を訪問し、キリストの教えを説き、彼らのために祈った。そして、さまざまな悩みを抱えている者には親身になって相談に乗ったり、生活の援助を行ったりした。こうしたことはすべて、ジョン・ウェスレーやジョージ・ホイットフィールドの影響によるものだった。

思いがけない援助者

 さてこの年、1764年の8月。あのニュートンの協力者トーマス・ホーイスは、ニュートンの手紙を『物語』というタイトルをつけて出版した。すると、この小冊子が市場に出るや大変な反響を呼び、たちまちベストセラーとなった。かの詩人ワーズワースもこれを称賛したと言われる。
 これでニュートンは一躍有名になり、彼の話を聞くために各地から人々が押し寄せるようになった。遠方からセントピーター・アンド・セントポール教会の礼拝にやって来る者もいた。

 しかしながら、名声は高まっても、ニュートン夫妻は相変わらず質素でつつましい生活をしていた。教会からもらう俸給は、一年にわずか60ポンドで、それでは夫妻が生活するだけでやっとであった。
 (もう少しお金があったらなあ。貧しい人たちをもっと助けてあげられるし、子どもたちのために教材を買うことができるのだが)
 ニュートンはこう考えるのであった。貧しい家々を訪問するときには、必ずパンや野菜などを持っていくので出費がかさむし、この頃彼は読み書きのできない子どもたちを集めて勉強を教えることもしていた。これらの子どもたちに与える教材はさらに高いものについたのである。

 こんな時、突然大きな不幸がやってきた。ニュートンにとって恩人であり、父親のように慕っていたジョゼフ・マネスティの船会社が多額の負債を負って倒産してしまったのである。「マネスティ商会」は人手に渡る寸前だという知らせが届いた。ニュートンは自分のわずかな蓄えを預けていたのだが、それもすべて消えてしまった。
 (神様。わたしの預金がなくなってしまったこともつらいですが、これまで自分をずっと支えてくれたマネスティさんの会社が倒産だなんてーーとても悲しいです。マネスティさんは、わたしの第2の父親でした。勝手なことばかりするわたしを見捨てずに見守ってくれ、いつでも仕事をくれました。どうにかして彼に恩返しがしたいのですが、わたしには財力がありません。どうかお助けください。どうしたらいいか教えてください)
 ニュートンはその夜ひたすら祈り続けた。

 そんな時、またしても思いがけない援助者が現れたのである。ある日、ダートマス伯爵が彼を1人の人物と引き合わせた。ジョン・ソーントンという、イギリス国内で1、2を争う実業家で大富豪であった。結婚する前にメアリーがよくその名を口にしていたので、ニュートンは名前を覚えていたのだ。ソーントンはロシアとの交易で巨万の富を築き、一族すべてがその恩恵を被っていた。しかし、彼自身は非常に質素な生活をしており、商売で得たお金はすべて貧しい人々に分け与えていた。その人徳はすべての人に知られ、彼を敬わない者はいなかった。
 「あなたの書かれた『物語』を読み、たいへんに感動しました。このわたしにも少しあなたの援助をさせてください」
 ソーントンは、ニュートン夫妻の苦しい生活ぶりをダートマス伯爵から聞いていたらしく、こう申し出た。
 「あなたの手に300ポンドのお金をお渡しいたしましょう。これであなた方ご夫妻の生活の不足を補い、教会の活動のために役立ててください」
 そして、しっかりとニュートンの手を握って申し添えた。
 「施しを必要とする人たちをいつも温かく迎えてあげてください。貧しい人、困っている人をどうか助けてあげてください」

 こうしてニュートンは、ソーントン氏の援助金300ポンドのうち200ポンドを用いてマネスティの負債を肩代わりして完済させることができた。すなわち、人手に渡るところであった「マネスティ商会」を再びその手に戻し、彼から受けた恩義に報いたのだった。そして、残りの100ポンドは、貧しい人々に無料で食事を提供する「街頭給食」の事業に捧げられた。

【「百万人の福音」2018年5号より】

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