《連載小説》奴隷商人から神の僕に〔第20話〕

  • 2019/11/4
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賛美歌「アメイジング・グレイス」を作ったジョン・ニュートンの生涯

第20話

栗栖ひろみ・作

プロフィール 1942 年、東京生まれ。早稲田大学卒業。80 年頃より、主に伝記や評伝の執筆を続ける。著書に『少年少女信仰偉人伝・全8 巻』(教会新報社)、『信仰に生きた人たち・全8 巻』(ニューライフ出版社)他。2012 年、『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞受賞。15 年よりWEB で中高生向けの信仰偉人伝を連載。ICU(国際基督教大学)教会会員。

家族が増える

 1774年。ニュートン夫妻は思いがけない幸せを手に入れた。それは、ベッツィー・キャットリットという5歳の女の子を養女にしたことである。ベッツィーは、妻メアリーの末の弟ジョンの子であったが、1771年に母を、その2年後には父を亡くして孤児になっていた。一時、メアリーの母であるエリザベス・キャットリットが面倒を見ていたが、高齢であるうえに病気がちであった彼女は、ふとした風邪が原因で肺炎になり、他界してしまった。それでベッツィーは、ニュートン夫妻に引き取られた、というわけである。
 ベッツィーは、すなおで賢い子どもだった。自分を引き取ってくれた養父母に感謝するかのように、言うことをよく聞き、一度も彼らの手を煩わすことがなかった。この頃にはメアリーの腫瘍はかなり進行しており、ほとんど入院したままになっていたが、帰宅を許された日には、ベッツィーは義母を乗せた車いすをニュートンと共に押して近くを散歩した。そして、彼女を元気づけようとするかのように、かわいい口調でいろいろなことを話しかけるのだった。
 「この子は神様からの贈り物ですわ」
 しみじみとメアリーは言った。
 「近頃、こんな幸せな気分を味わえるなんて思いもよらなかったですよ」
 「本当だね。神様はわたしらに家庭的な幸せを味わわせようと、この子を授けてくださったのだ」
 ニュートンは妻に応じた。
 しかしながら、この幸せの後には厳しい試練が次々とやってきたのだった。

次々と襲う試練

 1776年夏。ニュートンの太ももに腫瘍ができ、手術をしなくてはならなくなった。当時の医療では麻酔はほとんど使われていなかったので、手術を受けるには、恐ろしい苦痛を耐え忍ぶ覚悟が必要だった。メアリーは再び病院に戻らなくてはならなかったので、留守の間は家政婦を雇い、ベッツィーの世話をしてもらうことになった。
 「お父さん、頑張ってね。痛くないようにお祈りしているからね」
 ベッツィーは小さな手で彼の腕をさすってこう言った。ニュートンは、笑って彼女の頬をなでた。
 「大丈夫だよ。人間は誰でも、少しはつらいことを我慢しなくちゃならないからね」
 実際、麻酔なしの手術は想像を絶する苦痛で、ニュートンは二度も気を失った。しかし、彼はその激痛に耐え抜き、無事に手術を済ませて帰ってくることができたのだった。
 それから間もなく、第二の試練がやってきた。メアリーの症状がにわかに悪化し、何度か危篤状態を繰り返したことである。しかし、ニュートンの祈りが聞かれたかのように、担当医のすぐれた医術によって危機を脱し、薬によって苦痛を和らげつつ、進行を遅らせることができたのである。そして、以前のように、また家に帰ることも許可されたのだった。

 ほっと一息ついたのもつかの間、さらなる試練が待ち受けていた。この頃、アメリカに独立戦争が起こり、イギリスとの間が険悪になってきた。イギリスは、アメリカ東部に13の植民地を持っていたが、国の予算がなくなってくると、植民地に重税を課したり、厳しい法律を作ったりして圧迫した。そのために植民地の人々は独立戦争を起こしたのであるが、イギリス国民は彼らの苦しみに理解を示さず、多くの人が独立戦争に反対だった。
 オウルニィの人々も同様であったが、ニュートンはむしろ独立戦争を支持し、オウルニィに住んでいた人がアメリカに渡って戦争に加わったことを知ると、その無事を祈って教会で特別集会を開いたりした。そのために、市民の思わぬ反感を買ってしまったのである。

 そんな中、突然、オウルニィで大きな火災が起き、20軒ほどの家が焼け落ちてしまった。ニュートンはすぐに、彼の強力な援助者であるジョン・ソーントンの助けを借りて被災者の救援に乗り出した。町の復興のために「救済募金」を設けたので、レース刺繍や家内工業で細々と生計を立てている人々は大いに彼に感謝したのだった。
 そして、1777年11月5日。その日は「ガイ・フォークス」の日であり、祭日だった。ガイ・フォークスとは、火薬を使ってイギリスの国会議事堂を破壊しようとした歴史上の人物で、彼の陰謀が露見したことにちなんで記念日となったのである。
 この日、若者たちは酒を飲み、爆竹を鳴らし、たいまつを持って町中を練り歩く習わしになっていた。しかし、この年は火災が起きた直後だったので、この祭りの実行委員会は、市民にろうそくを使うことを禁止することを決定し、教会でその発表をしてくれるようにニュートンに依頼した。ところが、彼がこれを引き受けたことを知ると、若者たちは激怒した。
 「あの牧師、余計なことをしやがって。ひとつ脅かしてやろうぜ」
 彼らは、4、5人で隊を組み、こん棒を持って町を練り歩き、酒をあおってまず民家に押し入り、それから教会に向かった。
 その夜10時頃、ニュートンの知人が彼に告げに来た。
 「酔っぱらった若者たちが、牧師館の窓をぶち壊すと言ってますよ。彼らは今、こっちに向かっています」
 「なあに、わたしは昔船乗りだったから、船員同士の荒っぽいけんかをさんざん見てきましたよ。だから大丈夫」
 ニュートンは、あえて快活に言った。
 ところがこの時、帰宅していたメアリーは病気のために気が弱くなっていたためか、ひどく怯えていた。
 「あなた、お願いです」
 メアリーは泣きながら懇願した。
 「何とかして。ここにそういう人たちがやって来たら、殺されてしまいますよ」
 そこへ、どやどやと暴徒が押し掛けてきた。
 「おい! 牧師を出せ!」
 先頭の男が叫んだ。ニュートンは、メアリーとベッツィーを隣の部屋に行かせると、ドアを開けて彼らの前に立った。
 「よくもおれたちの楽しみをぶっ壊してくれたな。余計なことをしやがってよう」
 「これから、この教会に火をつけてやるぜ」
 彼らは部屋になだれ込むと、椅子やテーブルの脚を蹴りつけた。
 (メアリーとベッツィーに、もしものことがあったら大変だ)
 そう思ったニュートンは、最後の手段に出た。もし、話し合いの余地があったら―と思ったのだが、この時はとても無理であることがわかったからである。
 彼は、引き出しからありったけの金を取り出すと、いちばん前ですごんでいる男に差し出し、どうか手荒なことはしないでくれと頼みこんだ。
 「ものわかりがいいな、牧師さん」
 彼は金を懐に入れると、仲間に合図した。
 「おい、引き上げるぞ。この金で飲み直そうや」
 こう言うと、彼らは教会から出て行った。
 これを見ていた近所の住人たちは、あっけにとられてその姿を見送っていた。
 「牧師先生、なぜあんな奴らに教会の大切な献金を渡してしまわれたんです?」
 町の人から一部始終を聞いた教会の長老が、ニュートンを詰問した。この人は口うるさいので有名だった。
 「これは、言わば一種の賄賂じゃないですか」
 「そうだ! そうだ! 賄賂だ」
 いつのまにか集まってきていた教会員だちが口々に非難した。
 「ニュートン牧師は、暴徒のリーダーにこっそり教会の金を渡しなすった」
 このことがあってから、教会に来る人の数はめっきり減ってしまい、ついに30人足らずの者が残されたのみであった。そして、ニュートンが町を歩くと、ひそひそと悪口がささやかれるようになった。彼は今やオウルニィの人々と自分の間に、埋めることのできない溝ができてしまったことを感じないわけにいかなかった。

ロンドンへ移る

 1779年に入ったある日のこと。ジョン・ソーントンがニュートンのもとを訪ねてきた。
 「ロンドンにセント・メアリー・ウルノスという教会があるのですが、そこの牧師が高齢のために引退されました。それでニュートンさん、あなたを推薦したいのですが」
 ソーントンは、ニュートンが悩みを抱えているのをを見かねて手を差し伸べたのである。いつもながら彼の温かい支援に、ニュートンは胸をいっぱいにしながら、この申し出を受け、その教会の牧師として赴任することを決めたのだった。
 セント・メアリー・ウルノス教会は、ロンドンの中心街にある大きな教会で、近くにはイングランド銀行があり、大企業が事務所を構えるビジネス街もある活気のある場所だった。さらに、この教会は数ある教会の中でも、珍しくいろいろな宗派の考えに理解を示し、受け入れる教会だった。俸給も高く、さらにうれしいことには、ニュートンの著作である『手紙』を出版してくれたトーマス・ホーイスが勤務するロック・ホスピタルが近いので、メアリーを転院させることができそうだということだった。
 そして、オウルニィの教会に関しては、ニュートンの後任として英国国教会の若い牧師がすぐに召喚されたので、彼は安心してあとをゆだねることができた。

 オウルニィを去る前に、挨拶を兼ねてニュートンはクーパーを訪ねた。彼は鬱病から完全に解放されてはいなかったが、症状は落ち着いており、母親代わりのようにしているメアリー・アンウィンと共に、オーチャード・サイドの家で、静かに暮らしていた。
 「クーパーさん、わたしは今度、新しい教会に赴任することになりました。ロンドンに来た時にはぜひ寄ってください」
 ニュートンがこう言ってその手を握ると、一瞬、クーパーの顔は悲しそうに曇ったが、取り乱すことはなかった。
 「寂しいけど、あなたのためにはよかった。おめでとうございます」
 クーパーはこう言って、その手を握り返した。メアリー・アンウィンの話だと、以前彼を救ったセント・オールバンズの精神科医ナサナエル・コットンのもとで治療を続けた結果、鬱病はかなり良くなってきたとのことだった。
 「ニュートンさん、わたしはコットン先生に勧められて、今、一生懸命に聖書を読んでいます」
 「そうですか。ああ、何てうれしいことでしょう」
 ニュートンは、両手を広げて彼を抱擁した。クーパーは、さらに語った。
 「あなたが作られた賛美歌『アメイジング・グレイス』は、オウルニィだけでなく他の町にも広まっていますよ。コットン先生の病院で歌っていた少女がいました。余命1か月を宣告された気の毒な女の子です。この子は、この歌をずっとベッドの上で歌い、絶望に心を引き裂かれた母親にこう言いました。『お母さん、悲しまないで。神様のお家でまた会えるって、この歌が教えてくれたわ』と」
 2人は肩を組み合って歌った。

 アメージング・グレース、(何と甘美なる響き)
 道ならぬ私を救ってくださった。
 かつて迷えし者が、今見出され、
 闇を出でて、光の中にいる。(※)
      
 「今のわたしには賛美歌を作るお手伝いはできませんが、いつかまた、あなたのためにお手伝いができる時がきっと来ると思います」
 別れる時に、こうクーパーは言った。このことばどおり、何年か後にニュートンが最後の奉仕の場に召し出されたその時に、彼は実にすばらしい方法で協力したのだった。

※=『増補版「アメージング・グレース」物語 ゴスペルに秘められた元奴隷商人の自伝』(ジョン・ニュートン著、中澤幸夫編訳/彩流社)より。
 注/本稿では「アメイジング・グレイス」と表記していますが、下記の書籍からの引用による歌詞表記のみ「アメージング・グレース」を使用します。

【「百万人の福音」2018年8号より】

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