《2・11特集》天皇の代替わりに祈る

  • 2019/2/11
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「神」化と「悪魔性」に注意

明治につくられた「伝統」

東京基督教大学学長 山口陽一

伝統と言われるもののほとんどは、古びた天皇制を明治政府がリニューアルしたものである。

討幕を果たした藩閥政府は、天皇を「機軸」とする祭政一致の近代国家をめざし、徳川幕府が禁裏内に留めた天皇を全国に行幸(ぎょうこう)させた。岩倉具視はその意見書「王政復古議」で「万世一系」という言葉を初めて用いるが、それまでの「皇統連綿」は緩いものであり、歴代天皇の半数が庶子、8人10代の女帝がいた。孝明天皇が7回改元するなど、一人の天皇が平均2回改元してきたが、新政府は「一世一元」による「天皇の治世」を演出している。

大日本帝国憲法は万世一系の神聖天皇の統治と立憲主義をうたい、天皇制国体は実質的に「国教」とされ、「教育勅語」では「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」と「臣民」の生きる意味を示した。天皇による軍の統帥権と祭祀権は憲法を超え、皇室典範は新たに男子一系による皇位継承を定める。

江戸時代の皇室は京都の真言宗泉涌(せんにゅう)寺を菩提寺としていたが、この伝統は廃棄され、祭祀から仏式が排除され、「皇室祭祀令」により、新嘗祭・祈念祭・賢所大前の御神楽以外の宮中祭祀が新たに作られた。明治になって天皇は初めて伊勢神宮を参拝し、伊勢信仰は庶民の信仰から国家宗教へと変貌し、皇軍の戦没者を英霊として祭る靖国神社が創設された。

憲法学者の横田耕一は、《天皇教》は教育勅語・学校・祭祀・祝祭日・軍人勅諭・勲章などにより布教され、「教育勅語」は《天皇教》の教義、学校では修身・御真影・記念儀式により臣民教化が図られたと言う。

即位礼と大嘗祭は、天皇の政治的権威と宗教的権威の継承儀式であるが、近代以前においては庶民には関係がなかった。明治政府は国民を巻き込み、伝統的な中国式を神道式に改めた即位礼を行い、大嘗祭を盛大にする。

神祇省「告諭」は、「大嘗会之儀ハ天孫瓊々杵尊降臨ノ時天祖天照大神詔シテ豊葦原瑞穂国ハ吾御子ノ所知国(しらさむくに)ト封シ玉ヒ(中略)新帝更ニ斯国ヲ所知食((しろしめ)シ天祖ノ封ヲ受玉フ所以ノ御大礼ニシテ国家第一ノ重事タリ」としている。

明治天皇には5人の側室があり15人の子が誕生したが、男子5人の内4人が夭折し1人が成人して大正天皇となった。植村正久は「この御大礼に於て、上下悉く、凡ての権の神より出るを知り、栄を神に帰するに至らば、其幸や惟に現代のみに止まらざるべし」と皮肉を述べている。

皇国と戦後天皇制に関与

日本のプロテスタント教会は、大東亜戦争遂行のため1941年に合同して日本基督教団となり、統理の富田満牧師は伊勢神宮に参拝し「皇国ノ道ニ従ヒテ信仰ニ徹シ」の姿を示した。聖戦とされた大東亜戦争では、天皇の大東亜共栄圏を拡張し神社を建ててゆく。 『興亜讃美歌』の一節には、「光栄(さか)えある皇国(みくに)に生まれ、すめらぎ(天皇)にまつらふわれら、日々のわざ励む心は、あまつかみこそ知ろしめすらめ」とある。朝鮮では、神社参拝拒否で200教会が閉鎖、2千人が投獄され、朱基徹(チュ・キチョル)牧師ら50人が殉教した。

敗戦後、GHQの「神道指令」により国家神道は解体され、天皇は「人間宣言」を行い、「教育勅語」は失効した。天皇主権から国民主権へ、天皇(国)のための臣民から基本的人権を有する国民へ、軍国主義から平和主義へと日本は大転換する。

しかし、天皇は退位せず元首から象徴に変わり、元号も宮中祭祀も変わらなかった。マッカーサーは天皇を最大限に用い、アメリカ追従の天皇制民主主義をもたらすが、戦後のキリスト教はこれに大きく貢献している。

政教分離に問題残す

30年前、明仁天皇は三種の神器を継承して即位、平成と改元された。即位の礼で天皇は天照大神の玉座である高御座から「日本国憲法を順守し、日本国及び日本国民統合の象徴としての役割をはたす」と誓い、海部首相は「私たち国民一同は、天皇陛下を日本国及び日本国民統合の象徴と仰ぎ」と「寿詞」を述べ万歳を三唱した。即位の礼と大嘗祭の費用は123億円、大嘗祭には公費の宮廷費から25億6千800万円が支出された。

大阪で提訴された違憲訴訟は控訴審でも敗訴したが、判決文において「少なくとも国家神道に対する助長、促進になるような行為として、政教分離規定に違反するのではないかとの疑義は一概には否定できない」。「天皇が主権者の代表である海部首相を見下ろす位置で『お言葉』を発したこと、同首相が天皇を仰ぎ見る位置で『寿詞』を読み上げたこと等、国民を主権者とする現憲法の趣旨に相応しくないと思われる点がなお存在することも否定できない」とされた。今回、秋篠宮が正しくも問題にしたのはこの点である。

明仁天皇夫妻の人間性、戦争への反省と憲法遵守の姿勢、被災者慰問などには心から敬意を表したい。天皇は、生前退位の契機となった会見で、これらが国民統合の象徴の役割の自覚から出ていることを語り、象徴天皇制の継続を強く希望した。「平成流」の即位礼と大嘗祭は明るい緩やかな権威として演出され、国民は祝意を求められるだろう。

私は、聖書から、大嘗祭で「神」となる天皇とこれを利用する国家権力の悪魔性を識別し、一人の罪人としての天皇の救いを祈る。国民統合という職務を持つ権威として神が上に立てられる天皇は、神道の「現人神」や祭司である必要はない。このビジョンは日本のリバイバルと大いに関係している。来るべき時を待ち望みつつ、天皇と日本が悪魔化しないよう政教分離を守る奉仕を果たしたい。

「小さな群れよ。恐れることはありません。あなたがたの父は、喜んであなたがたに御国を与えてくださるのです」(ルカ12章32節)。

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