《本当は怖い聖書》少女が求めたのは「盆に載せた生首」

  • 2019/8/13
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素晴らしい踊りの報酬として
少女が求めたのは「盆に載せた生首」

 時は西暦30年あたり。中東のイスラエルという国の首都であるエルサレムに、この国の王、ヘロデが住んでおりました。王といっても名ばかりで、イスラエルは、地中海を支配していたローマ帝国の属国となっていました。
 占領者のローマ帝国の支配下にある王ですから、民衆からの信頼などありません。そのうえ、自分の兄弟の妻を奪って妻にしていたのです。
 そのことを含めた悪事を、預言者のヨハネという男に非難され、悔い改めるように迫られていました。ヘロデの妻問題は、ユダヤ人が大切にしてきた律法に反することだったからです。ちなみに預言者というのは、未来を占う「予言」ではなく、神のことばを預かって伝える人のことです。

 ヘロデ王は、ヨハネの苦言が正当だとわかっていたのですが、素直に聞いて改めることは、王の体面上できませんでした。
 そんなある日、例の妻の娘、サロメが王の宴の席で踊りを披露しました。それがあまりにも見事だったので、居並ぶ客の前で、ヘロデはサロメの望む褒美を何でも与えると言ったのです。母親と相談したサロメは、驚くべき申し出をします。

「ヨハネの首を」

 いい加減な王ヘロデも、これには驚き、心を痛めましたが、皆の前で伝えた約束をたがえることは、それでなくとも危うい権威を失墜しかねません。そこで、王は部下に、捕らえていたヨハネの首をはねて持ってくるように命じました。しばらくして、盆に載せられたヨハネの首が宴会場に運ばれました。

 権力は人を狂わすといいます。秘書に酷いパワハラをする国会議員、敵将の頭蓋骨に金箔を施して盃にした織田信長など古今東西にその例を見ることができますが、人の心に潜む闇は、時に牙をむき、良識の枠を越えて異常なことさえ行ってしまいます。平時では赦されない殺人も、いざ戦争となれば、称賛されます。良識ある一介の市民が、何の恨みもない人間を殺し、非戦闘員の女性や子どもまで殺してしまうのです。

 げに恐ろしきは、人間の心に潜む闇なり――。
(参考資料:『聖書 新改訳2017』マルコの福音書6・17-28)

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