災害に向き合う教会<1>宮城宣教ネットワーク

  • 2019/2/23
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東日本大震災から8年

宮城宣教ネットワークからのレポート

大友幸一

プロフィール ● 1951年生まれ。宮城県仙台市出身。1984年より塩釜聖書バプテスト教会(保守バプテスト同盟)牧師。東日本大震災後に発足した「宮城宣教ネットワーク」の代表を務める。三男一女の父。

東日本大震災は宮城県の被災地に宣教の実をもたらしました。半年後に宮城宣教ネットワークが構築され、今に至っています。被災地は海岸近くの農村・漁村の集落が多く、これまで伝道が難しいと敬遠されていました。
震災から2015年9月までの受洗者は90名、決心者は188名、また教会等は38か所で産み出されました。その後も被災地での受洗者の報告は途切れることがありません。

1.宣教についての考え

福音宣教の基本的な概念は、聖書の中から見いだすことができます。イエス様は貧しき者、弱き者に良きわざをもって仕えつつ、みことばを語りました。使徒時代のエルサレム教会は食べ物を提供しつつ福音を語りました。宣教は、良きわざと福音を語ることを車の両輪のように回していくときに果たされていくのです。だからと言って、支援物資を配布しながら信仰を勧めればよいというのではなく、良きわざによって信頼関係を築きながら、主の導きによって福音を分かち合うことが大切になるのです。それはイエス様が人間をとる漁師として弟子たちを召したように、魚釣りの感覚をもって福音を伝えることです。信頼関係は短時間でできるものではありませんし、福音提示が即受け入れられるというものでもありません。祈りと忍耐が必要でしたから、支援活動に携わっている者同士の横のつながりによる励ましが大切でした。
震災支援は被災者の住環境と深い関係にありました。避難所、次に仮設住宅、最後は復興住宅に入居し、その後は行政の支援はほとんどなくなります。行政に「心の支援」ということばはありますが、担当者は変わるので継続的な関わりができず、心のつながりをもつことは難しくなっています。一方、教会では震災当時から一貫して被災者と関わってきています。ネットワークによって被災者情報を一元化し、一つのキリスト教会、同じキリスト者として、その人がイエス様と出会うように信頼関係を深めてきました。被災者の多くは震災前は広い家に住み、隣近所との塀などありませんでした。しかし今は、扉一枚で外界と遮断されています。高齢化する被災者はそこでいったいどんな思いをもつのでしょうか。被災地の教会はそんな人々と関わりをもち続けてきたのです。被災者に対する生活支援はいつか終わりがきます。最も必要な支援は福音を分かち合って永遠のいのちを受け取ってもらうことだと信じているキリスト者は、関わりを止めることはできません。

2.死者への対応

福音主義神学は、罪人として生まれた人間はイエス・キリストの十字架の贖いを信じて救われるが、そうでない場合は滅びに至ると教えています。震災後間もない頃、避難所の集会所で支援物資を配布する集会を開き、プロジェクターで生々しい十字架を映し出して、信じないと裁かれると語ったことで出入り禁止になった国外のグループがありました。被災者の中には家族を失った方がいて悲しんでいるというのに、さらに追い打ちをかけるような福音の提示はあまりにも身勝手ではなかったかと思われます。
海の近くの被災者はこれまで福音を聞くことやクリスチャンに出会うことがほとんどありませんでした。多くは八百万の神を信じています。地域のつながりが強く、神社に詣で、神棚と仏壇を家の中に据えています。キリスト教のキの字も知らない人々です。そのような人々にキリスト者は何を語れるのでしょうか。ことばではなく、友人ラザロの死に際して涙を流されたイエス様のように寄り添うことが大切でした。良き人間関係は福音提示になくてはならないものであり、その関係は相手の気持ちを察することから始まります。被災者は自分の気持ちをわかってくれる人、一緒にいてくれる人を求めていました。ボランティアが去る時、被災者は「私たちを忘れないでください」と言っていましたが、感情においてつながっていたい、支えてほしいという願いではなかったでしょうか。
被災者の中には東日本大震災によって、今までの親戚とのつながりや長い間信じてきた宗教について疑問を感じた人々がいました。そしてクリスチャンボランティアと関わる中で、キリスト教への関心が湧いてきました。
家族を失った未信者の被災者は、死人の魂はこの世をさまよっていると考えていました。彼らから「○○はどこに行ったのでしょうか?」と問われるときがありました。天国や裁きのことには触れず、「神様のところに帰りました。神様におゆだねしましょう」(伝道者12・7より)と答えてきました。
被災地の人々にとってお墓のことは大問題でしたが、被災地にはキリスト教のお墓(納骨堂)はありませんでした。震災後に宮城県内に二つのキリスト教納骨堂ができたことは、被災地で信仰をもつ人への希望となりました。

人災や天災は私たちにとって好ましいものではありません。できるなら避けたいところです。しかし、私たちの時代に東日本大震災は起こりました。それをどのように受け止めるかによって、不幸と思って一生を過ごすか、何かを学んでより良い人生を送るかが決まります。
イエス様が終末の兆候について話していた時、何人かがやってきて2つの報告をしました。ピラトがガリラヤ人を殺したこと、もう1つはシロアムの塔が倒れて18人が死んだことです。イエス様は、災いに遭った人は特別罪深かったわけではないと語りつつ、こう答えました。「わたしはあなたがたに言います。あなたがたも悔い改めないなら、みな同じように滅びます」(ルカ13・3—5参照)
災害は私たちに神様の存在を知らせます。ですから悔い改めが起こります。東日本大震災復興のただ中に神様はクリスチャンボランティアを遣わし、神の愛を明らかになさったのです。その結果、イエス・キリストを救い主と信じる人が起こされ、教会が生まれました。
<「百万人の福音」2019年3月号より抜粋>

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